【ヴィンテージアロハシャツを学ぼう… #8】なぜ “本物” の復刻が可能なのか?

ヴィンテージアロハシャツの分析と復刻への工程

半世紀以上前のヴィンテージを当時のままに復刻するのは、簡単なことではない。それを成し遂げているブランド「サンサーフ」の担当者に、復刻の道筋を明かしてもらった。
 
(『昭和50年男』本誌 2021年 9月号/vol.012 掲載
 “ファッション狂騒曲”「アロハシャツのカルチャー徹底解説」より 抜粋 )
 

[前回]
#7 … 後発ブランドは、日本画のような繊細な表現で勝負に出た。

→【ヴィンテージアロハシャツを学ぼう】Web連載記事一覧

 


 
アロハシャツの代表的な6つのデザイン・パターンとは?

アロハシャツの黎明期である1930年代から主流となっているのが、“オールオーバー” パターン (総柄) だ。その後、ハワイの観光業が盛んになってくると、’40年代後期に “ボーダー” パターンの作品が生まれてきた。アロハシャツの最盛期である ’50年代になると “ホリゾンタル” パターンが生まれ、米国本土でも “バックパネル” や “ピクチャープリント” など、インパクトのあるデザインが作られるようになった。そして、ハワイのミックスカルチャーを象徴する “オリエンタル” デザイン (和柄) は、最初期のアロハシャツやオリエンタルブームが巻き起こった ’50年代に多く見られる。

 

■オールオーバー

総柄とも呼ばれる定番のパターン。シャツ全体に一定の柄が繰り返し描かれる。生地の裁断や縫製において制約が少ないため、古くからさまざまなブランドにて採用されてきた。

 

■ボーダー

第二次世界大戦が終わり、ハワイの観光業が盛んになり始めた1940年代後半に生まれて、’50年代に普及。植物をモチーフにしたものが多く、レイをかけたようにも見える。

 

■ホリゾンタル

1950年代に誕生。縦長の生地に対して横方向 (ホリゾンタル) に身頃を切り出すこと。柄の中に風景が描かれ、水平線 (ホライズン) があること。このふたつが名称の由来となっている。

 

■バックパネル

米国本土で1950年代に考案された。背中全体をひとつの額縁に見立てて一枚絵を配置。裁断が制限され、高度な縫製技術が必要で、当時の生産数が限られていたために貴重。

 

■ピクチャー

こちらもアロハシャツ最盛期の1950年代に米国本土で生まれた。当然、写真の転写技術が発達する以前の作品なので、原版をなぞるように網点で型を彫り、色を重ね刷りして写真のように見せている。とても細密な技術が用いられているのだ。

 

■オリエンタル

レーヨンの壁縮緬 (※) にオーバープリントされた作品が多い。一見すると色数が少ないように見えるが、実は多色を摺り重ねてグラデーションを表現しており、日本ならではの繊細な感性と職人技の賜物。
 
 
※ … かべちりめん=糸そのものが凹凸の表面をもつ壁糸を使って織り上げることで、生地に表れる独特のシボ感が特徴。1930年代から ’50年代にかけて作られた和柄のヴィンテージアロハシャツにはレーヨン壁縮緬生地を用いたものが多く見られる。

 

情熱と技術の結集でヴィンテージを復刻

今回、アロハシャツの歴史をひもとくにあたり、数千着も所蔵しているヴィンテージコレクションのなかから博物館級の名品を紹介してくれた東洋エンタープライズ社は1965年創業 (昭和40年男とはタメ年!) の老舗。現代においては「サンサーフ」というブランドでアロハシャツを展開している。企画統括の任務に就く中野喜啓 (なかのよしひろ) 氏に話を聞いた。

「1950年代当時、東洋エンタープライズの前身である港商商会はアロハシャツを生産し、『キモノ・ガウン』や『ハッピー・コート』などの名称で日本の米軍基地に納入していました。そして、自社ブランドとしても『ファッションマート』というレーベルでアロハシャツを作り、ハワイに輸出していました。1965年からは東洋エンタープライズとして日本国内向けの衣料品販売をスタートしたのですが、港商商会時代に培ってきた技術をもとに、’70年代には『サンサーフ』を誕生させ、現在に至ります」

“本物” を作ってきた東洋エンタープライズの誇りと情熱は生半可ではない。これまでに集めてきたヴィンテージアロハシャツと当時のハワイの資料をもとに、生地の紡織やプリントの技法のみならず、アロハシャツの歴史背景までもひもとき、徹底的な分析を続けてきた。だからこそ、’30年代から ’50年代に作られたアロハシャツの完全再現を成し遂げているのだ。そして、当時の “本物” を復刻していく過程において、大きな役割を果たしているのが今も日本に残る職人の技だ。
 

▲サンサーフによるヴィンテージアロハの復刻は、多様な柄を再現できる日本の職人技に支えられている

 
「やはり、大切なのはアロハシャツの命脈と言える柄の再現性です。’50年代当時、アロハシャツに使われる生地のプリントは アメリカ本土もしくは日本に発注されていました。日本の職人は和柄だけでなく、ハワイの風物を描いたトロピカル柄も手がけています。『サンサーフ』が復刻を始めた ’70年代には、その ’50年代のことを知る職人がまだ現役で働いていました。今、私たちは当時の職人が保有していた経験と知識を活かしながら、現代の職人と共にアロハシャツを生産しています」
 

▲アロハシャツのプリント手法には、大きく分けると2種類がある。こちらは「抜染」という手法でプリントされた生地。抜染とは、地染めした生地に対し、柄部分の色を抜染剤で抜くと同時に他の色で染め付ける技法。メリハリの利いた、鮮やかな発色が際立つ
▲こちらは「オーバープリント」という手法でプリントされた生地。オーバープリントとは、淡い色から濃い色へと順番に摺り重ねていく技法だ。抜染と比べて使える色数が多くなり、境目の色が重なるためにグラデーションが映える。このように使用する布地やプリントする絵柄のデザイン、色数によって適した手法が選ばれている

 

アロハシャツには多くの色が使われ、その色ごとに型が必要だ。いくつもの緻密な型を彫る職人、実際にその型を用いて摺っていく職人など、プリントの工程は持ち場ごとに専門職人の熟練技で成り立っている。現在、アロハシャツの復刻に必要な熟練技と設備がそろうのは日本だけだという。
 
→ 次回 (#9) へ続く
 
 
取材・文: 國領磨人
写真提供: 東洋エンタープライズ (サンサーフ)  取材協力: 中野喜啓 (サンサーフ)

掲載アイテムに関するお問い合わせ: 東洋エンタープライズ
 


 
 8月11日(水) より発売中!『昭和50年男』2021年 9月号/vol.012

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