オーティス・レディングに毎朝おはよう!!

この写真は僕の寝室で、ベッドから見上げるとこんな風にオーティスが歌っている。タメ年諸氏にはあまり馴染み深いシンガーではないだろうが、僕にとってはスーパースターである。忌野清志郎が深く愛したシンガーの1人で、当時はそんな風に好きなシンガーやミュージシャンがリスペクトしているという情報から掘り込んでいくのを繰り返した。

 

ティーンエイジャーの頃の音楽遍歴を、東京発の大阪行きで例えてみよう(笑)。まず東京駅。僕はクイーンで本格的にロックに目覚めた。新横浜あたりがチープトリックやエアロスミス、ポリスといったメジャーな面々で、名古屋がローリング・ストーンズやクリーム、フェイセズにザ・バンド、J・ガイルズ・バンドといった連中でここら辺まではまともな高校生だった。60〜70年代が主戦場ではあるが、白人が黒っぽいことをやっている。そして終点の1つ手前の京都で大きな口を開けていたのが、60年代に活躍したR&B系の黒人シンガーたちで、ロッド・スチュワートのフェイバリットシンガーのサム・クックや、レイ・チャールズ、アレサ・フランクリンなんかに捕まってしまった。ここにオーティス・レディングもいて、高校生でこれらに魂を奪われたのはだいぶ廃人になりかけている。そして終点の大阪がシカゴ・ブルースでありロバート・ジョンソンといったヘビィなブルースで、かわいかった高校生は廃人となるわけだ。余談ながら、ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、ブルース・スプリングスティーンなんかはこうした流れとは関係なく、知ったその日からずっと愛し続けた。

 

R&B系の黒人シンガーたちの中でも、オーティスを最も愛した。彼は1967年に26歳で飛行機事故で亡くなった。若すぎる死だ。その後、27歳でヘンドリックスやジャニスら、天才たちがバタバタと逝ったのは69年から71年だった。後に27クラブと呼ばれる連中よりも以前で、しかも若くして亡くなってしまったシンガーだ。26歳とは思えない完成度の歌に完全にノックアウトされた。天才シンガーってのは彼のためにある言葉で、30代40代と年を重ねてより円熟味を増していったらどんな怪物になっただろう。

 

で、このポスター。中古レコードを求めて通った、御茶ノ水のディスクユニオンでもらった宝物だ。その日のうちに勉強机の目の前に貼り、家を出て机が撤去された後も貼られたままだった。2年前の春に1人で住んでいたお袋が追い出されることになり(借家の長屋だった)、ほとんどの想い出は廃棄されてしまったが、このポスターは救ってくれたのだ。どこに貼るべきかと検討した結果、毎朝おはようとご挨拶できる寝室を選んだ。いつかこんなシンガーになりたい…って、もう歳は亡くなった日から軽〜く倍以上になってしまったけど、憧れは18歳の時から今も変わらないのさ。

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