息子と一杯。

先日久しぶりにバカ息子と一杯呑った。若くしてできた子供で、もうちょっと余裕をもった父ちゃんだったらよかっただろうななんて反省をしたり、生活が苦しいながらよくいろんなところに連れて行ってやったなんて自分を褒めてみたり、会話を楽しみながらいろんなことを思い出した。出来のいい方でないのは両親譲りで仕方ないが、丈夫に育ったのだからよしとしよう。あまり望んでは罰が当たる。幸せに酔っぱらって、気が付いたら居間にそのまま寝ていた僕だ。

子供を持つ昭和40年男の平均的なところでは、上が大学生、下が高校生くらいだろうか。子育てから解放される日がなんとなく見えてきたところじゃないか。僕自身も彼が大学に受かった時が、1つのゴールに感じた。それまでいろんなことに悩まされながら、怒ったりなだめたりと、よくよく考えるとずいぶんと大変な日々だった。もっとも苦労したのは中学時代かな。自分自身もそうだったけど、中学って心の問題が多い時代で、それが親に伝播するから心配をかけるのだろう。高校に入ると悩みの種類が親に心配かけるものでなくなるのは、自我形勢のための悩みになるからかな。

もっとも困ったのは中3のある日のこと、高校に行かないと言い出した時のことだ。そんなにひどい成績でなかったが進学する意味を見出せないらしく、ちょっと頭でっかちな悩みにも感じた。だったら3年間絶対に途中で辞めない仕事を探せとの言葉を返し考える期間を設け、後日発表のための家族会議日を開いた。結局見つからず高校進学することになり、がんばって受験に成功したのだった。高校の3年間で一生続けられることを探せばいいとのアドバイスで締めて、完璧な仕上がりだと満足の夜だったのだ。が、高校では見つからず、大学でも見つからなかったようだ。そして、ここに来てどうやら確信を得たようである。今回がうまい酒になったのはそれもあった。

来年オープンする飲食店の企画書を見せられた。現在このプロジェクトに関わっているそうで、フムフムとのぞき込んで見ると意外や意外、よくできている。しばし考察して1つだけアドバイスした。どこまで伝わったかどうかはわからんが、ともかく1つだけにしたのは我ながらよかったと思う。ビシッと決めたのは、かつてと一緒でつい思い出したのだった。次に呑むときにこのプロジェクトがどう進化しているか。自分の仕事とはちょっと違う眺め方であり、心配ながらも楽しんでいこう思う。

息子や娘と一杯ってのを、そろそろ達成し始めているタメ年男たちだろう。呑んべえにとって、これほどうまい一杯ってそうそうないはずだ。まだのタメ年諸氏は、その日を夢見て子育ての仕上げに踏ん張ってください。

5件のコメント

  1. バカ親が、バカ息子とかw
    昭和40年生まれは、丙午とかを信じる迷信深い差別主義者の親から生まれているから、バカ家系が連綿と引き継がれていくんだな。

  2. 私は娘が4歳。子育て真最中です。。娘と飲める日が来るまで生きていられるでしょうか。。

    • なにを弱気なことを(笑)。娘さんを呑む日を夢見て、カッコいいお父さんでがんばってください。

  3. うらやましい限りです。ウチは30で結婚したので上のコが高二で中二、小3とまだまだ子育ては解放されません(笑)故河島英五さんの「野風増」という唄に♪お前がハタチなったら~♪というフレーズがありますが、歌詞のとおり息子たちと呑める日を楽しみに老体にムチ打って頑張ります!

    • あの歌いいですよね。僕も息子が大きくなるに連れて歌うようになりました。ただし、息子には聴かせたことないですが。

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