2019年よりスタートしたミッションが終了!!

長かった。が、少し後になれば、あっという間の時間だったと振り返るのだろう。このミッションの担当者が僕を訪ねてきたのは、まだコロナのコの字も知らなかった2019年の年初だった。依頼する責務としてなのだろう、僕のこのつぶやきを過去まで遡って読み込んでくれた上で「浅草秘密基地」(今日から再開) に乱入してきた。この日はまずは挨拶とのことだったが、後日より正式なオファーが始まった。

 

僕ら世代に向けて講座を開け。向かう目的としては、その参加者たちが仕事人生を終えた後に、地元藤沢でイキイキと過ごす繋がりを持っていただきたいとのことだった。市役所の仕事じゃどうせ厳しい言論規制があるはずだ。それでなくとも放送禁止用語を誌面やこのつぶやき、そしてラジオの生放送でちょくちょくと発信してしまう僕なのだから、やめた方がいいに決まっている。「藤沢市さんよお、これはミスマッチだぜ」と断り続けた。が、担当者は『昭和40年男』の熱心な読者であり、前述したとおりこのつぶやきまでも読み込んで僕のイカれポンチ具合を理解した上で交渉してくる。そしてやはり、仕事ってなあ担当している人間の熱意ありきである。引き受けるまでに半年はかからなかった。

 

そして去年、いよいよ開催に至った講座は創刊号で掲げたテーマであり、直球をど真ん中へとめがけて投げることにした。“俺たちのヒーロー” をテーマにして、『目指せ! 諦めない50代 昭和ヒーロー再探訪』とタイトルして、仮面ライダーやウルトラマンなどのアニメ・特撮ヒーロー編と、ジュリーや寅さんなどで構成したリアル・キャラクター編でお届けした。が、残念なことにこれはZOOMでの開催となり、皆さんの繋がり作りにはならなかった。これが悔しくリベンジに燃えた今年は、なんとしてもリアル開催をと3回がプログラムされた。テーマは “昭和のコンテンツとモノ” にし、タイトルは『50代、今こそ還暦上等を叫ぶ 昭和から元気をもらおう!!』として、合わせて100ページ以上のプレゼン資料を作り込んだ。1月22日に始まり、隔週で開催するスケジュールが組まれて2月5日と、最終回を2月19日とした。ずいぶん長い付き合いとなった藤沢市とこの日でお別れ…のはずだったが、僕は暴挙に出た。

 

今年の開催では終了後に施設にあるカフェでダラダラと飲もうと考えていた。が、年明けよりコロナが猛威をふるったのはご周知のとおり。ZOOMという選択は回避できたが、さすがに終了後のカフェはまずい。そこで僕は市サイドに持ちかけて、最終会の開催日延期を迫った。参加者同士の繋がりを作ることが最大ミッションなわけであり、そこはコンセンサスを得られた。ただし、年度内に完結せねばならないミッションだから、3回目の開催を1ヶ月延期の3月19日にターゲットしたのだ。その頃には「うーっ、マンボ」もきっと解消されているだろうから、講義終了後に繰り出したいとしたのだ。が、結局設定した19日はまん防が延長されたままだった。さらに僕は暴挙に出た。市とは関係なしで、僕が個人的に参加者の集いを作ることを画策した。市には離れていただいたとは言え、そのことはお伝えして本来最終回の終了時に僕は皆さんに今日はまん防下で遊びに行けないけれど、2週間後だったら大丈夫だろうと提案。SNSでグループを作り、そこで出欠を取ったところ、ぬぁんとほとんどが参加表明してくれた。

 

一昨日の集いでは、これから還暦に向かっていく皆さんであり仕事からリタイヤしていく中で、皆さん同士が楽しく過ごすことこそが地域の役に立つことなんだと説いた。皆さんが繋がり笑顔で元気で過ごすことが藤沢市を支えていくと。さらに他の世代の役に立てればなお素晴らしいとした。長い時間をかけてきたが、ここにひとつの自治体が誕生した瞬間だった。皆さんからこの会でしてみたいことを募ったところ、建設的な意見が雨霰であった。まっ、ともかく「夏に呑もう」が決定したわけである。うんうん、見事に繋がった。そして、藤沢市から見たらよそ者の僕はこの日で会からは引いたのだった。うそっ、SNSのグループにはちゃっかり入っているから、招かれざる者だとしてもおもしろそうなのには顔出す所存である。

 

僕ら世代がポジティブに繋がりを求めていることがわかった。そしてその繋がりから他の世代のお役に立とうという意志は、僕が言うまでもなく皆さん強かった。捨てたもんじゃないぜ、ジャパン。そして叫ぶぜ、還暦上等!!
 

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