さらば昭和の地下食堂街。

昭和45年生まれの浜松町のシンボル、貿易センタービルの閉鎖が迫っている。先日は屋上展望台に行ってきた。大好きな地下食堂街もビルの営業が終わる3月までだろうから、そろそろお別れが近づいてきたなと昨日出かけてきた。僕がお気に入りの布屋更科昭和なイタリアンの風車はおそらく憎っくきコロナの影響からだろう、一足先に閉店してしまった。残るは地下食堂街でがんばっていた写真の昭和な味噌ラーメンを出す札幌本舗と、本格的なカレー&ナンを出す怪しい居酒屋が残っているからそれぞれファイナルで楽しむことを決めていた。が、驚きの光景が待っていた。

 

地下への導線となる階段に看板があり、表示されているのはコンビニとカフェの2軒のみだった。ゲゲッと急いで降りると、活気あふれていた地下街はそのほとんどが閉店している。つうか、看板どおりに2軒しか営業していないじゃないか。散々世話になったからと、せめてお別れをと店の前に行ってみると当然ながらひっそりとしたまま閉まっていた。よくよく見ると、去年の暮れに閉めていたのだ。去年より昼抜きダイエットを続けているから、ごくたまに今日はやるぞという日にしか行かなくなっていた。そしてこの“やるぞ”という日に対象となるのは札幌本舗だけでないから、ここのところ利用頻度は極端に落ちていたのだ。とはいえ、まさかまさかである。

 

本来であれば、華々しいお別れを演出したのではあるまいか。ありがとう地下食品街祭りとかで、スタンプラリーとかやっちゃったりしていたのではないか。本当に憎っくきコロナだぜ。きちんとチェックしていなかった僕も悪いんだなと、今はただただ後悔している。

 

が、実はこの味噌ラーメンは隣にできた新しいビルで健在なのだ。貿易センタービルの地下食堂街が好きだから行くことはなかった。だが、閉鎖が決まった中で浜松町を捨てないことを決意してくれたのだと感心していた。家賃だってきっとべらぼうだろうにあっぱれである。てな訳で、昨日は初めてそちらを利用させてもらった。メニュー構成は一緒なのだが、入り口でおばちゃんから食券を買うスタイルは廃止していた。やれた机やテーブル、べたついた調味料トレーももちろんなくて、清潔感あふれていることに強い違和感を感じてしまった。なんとなく味も高貴に感じられてしまう。調味料トレーにあったおろしニンニクもないし、これらすべてが令和仕様なんだ。古き良き香りはしなくて、また1つ昭和との別れを強く感じさせられたのだった。でもね、うまかったよ。

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