リッキー・リー・ジョーンズを外した苦渋の選択 〜最新号がやってきた。

最新号は手に取っていただけただろうか? 明日は連休の最終日の方も多いだろうから、疲れを癒しつつ元気になれる『昭和40年男』の50号をぜひゲットしてほしい。

 

さて、今日は超番外編であり極秘(!?)の編集後記である。写真のアルバム、そしてリッキー・リー・ジョーンズこそ僕が定義した『昭和洋楽』の、ストレートど真ん中ストライクな存在だ。だが今回の特集で取り上げることは無しにした。なぜか。

 

70年代後期、洋楽は巨大マーケットに育っていく熱気の渦中にあった。豊かな才能が集まり、資金が投じられプロモーションしていく。この頃よりビッグヒットは作り出すものになった。そんな象徴のようなアルバムが写真のリッキー・リー・ジョーンズのデビューアルバム『浪漫』である。ファーストシングルの『恋するチャック』は、カッコよくて、個性的で、そしてチャーミングな曲で僕の情報源『ダイヤトーン・ポップス・ベストテン』によって耳にした。中坊の僕だ。当時はギターがうまくなりたいことが洋楽文化にふれる最大のモチベーションだったから、範疇外の曲だったと言っていいだろう。そして、長いことその名を思い出すことはなかった。が、10代も後半に差し迫った頃に、大阪の音楽仲間が「メチャクチャうまいリッキーっておばさん知っとるか?」ときた。パンとつながったのが、中坊の僕で「ああ、知ってる『恋するチャック』だろう」と答えた。すると「このアルバム最高やで」と『パイレーツ』の入ったTDKのADを手渡してくれた。「うんうん、最高だ」と聴きまくった僕だった。

 

こうしてリッキーと再会して、ファーストアルバム『浪漫』から買い始めほぼすべてのアルバムをコンプリートするほどハマってしまった。ジャニスとリッキーは女性ヴォーカリスの基礎を作ったと思っている。来日公演も2度観に行っているほど愛している。

 

当時のワーナーが誇るスタジオミュージシャンが惜しみなく投入されたサウンドは、ボズ・スキャッグスと対を張るほどだ。が、同世代にはややマイナーすぎる。今回の特集では知る人ぞ知る存在や現象を極力抑えて、みんなでガハハとできる特集を目指したから外したのである。そう、苦渋の選択だ。いつかこのサイトで『浪漫』についてめいっぱいの持論を展開すればいいやと、我慢できた。うん、サイトを持っているってのはいいな!!

 

 

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