友を憂い未来を憂う。

少し以前のこと、明るく元気で大酒呑みの良き友が心を患った。メーカー勤務で、お客様相談室への移動を命じられて3ヶ月かからないうちにおかしくなってしまった。呑みに誘っても出てこない。どころかやがて、電話にも出てくれなくなった。笑顔を思い出すと悲しくなる。本当に明るいナイスガイだったのだ。

仕事に一生懸命体当たりするヤツで、夢と仕事を同居させていた。その夢を移動で奪われ、毎日毎日苦情処理をしなければならないのだから、ほとんどの人間は病んでしまうだろう。無責任に怒気をこもらせたクレームの電話は、彼に容赦なく突き刺さり続けた。移動したばかりの頃は部署を改革するんだと持ち前のガッツを見せていたのに、すぐにそんなやる気は消えた。

先日、同世代のバリバリに働く連中と呑んだ時に彼の話を持ち出した。いつからこんなクレーム社会になったんだと話は展開されていき、ハラスメントを含み日本の明日が見えないと7人の昭和な男たちは結論付けた。僕らが社会に出た頃はハラスメントなんて言葉は聞いたことがなかったし、今に照らし合わせたらそう呼んでいいことなんて日常茶飯事だったし、自分が悪いからそうなると歯を食いしばった。「いつか見ておれー」と。比べれば今の社会は楽チンである。物が飛んでくるなんてことないだろうし、胸ぐら掴んで叱られたりもしない。「俺の酒が呑めないのか」と、トイレで戻しながらひたすら酒を呑むこともないだろう。確かにこう書き連ねているとかつてはひどい社会だな(笑)。

俺たちはそんな職場で自分を磨き、確立してきた。そこには上司の仕事愛があったし、決して憎んで叱られているわけじゃなかった。すべての叱責に受け手への愛が込められていたかといえば微妙な上司もいたが、少なくとも仕事愛の強さが叱責の強さになっていたことは間違いない。命がけで仕事に励んでいる現場は、愛あふれていたと言ってよかろう。

今俺たちは、あらゆる場面でグッとこらえるソフトな管理職者にならなければならない。方向性として間違っていないことは、頭ではもちろんわかっている。が、その導き方には大きな問題があり、マスコミが垂れ流すミスリードも含めてクレーマーばかりが増え、巡り巡って前述の友人のような不幸を生んでいる。俺たち世代が社会の要請のままおとなしく過ごすことは間違っているのでなかろうか。必要なのはでっかい愛で、世論との同調でないはずだ。同世代同志たちよ、叫ぼうぜ!!

  

『昭和40年男』定期購読のご案内

5件のコメント

  1. 自分も、その人。少し違うのは、迷わず逃げてきたこと。卑怯者と呼ばれることに抵抗せず、最善の選択であると思ったら、そうしてきた。逃げ続けてきただけの、人生だったかもしれない。それでも、還暦近くまで生き続けてこれた。逃げ出しても、新しい出会いがあり、ささやかな道楽を共有することが出来た。この先、その道楽と共に笑って生き、そして、終焉を迎えることで、今まで、自分のことを否定して卑下し踏み台にしてきた輩どもを、見返すつもりです。

  2. 上司や先輩の無茶振りをそれなりにこなして来たものなぁ・・。たぶん愛とか教育目的でもなかったような気がする。でも、おかげで仕事を最短で覚えることが出来たのは確かだよな。しかし、いまクレーマーが多いですね。権利意識だけ強くて、みんな下品になっちゃったんでしょうね。分を知るって大切なことなんだけどね。

    • コメントありがとうございます。
      お互い筋肉質な仕事の覚え方でしたね(笑)。

お気軽にコメントをどうぞ

メールアドレスは入力しても公開されることはありませんのでご安心下さい。