ジョン・レノンの命日。

 

中3の冬のことだった。洋楽には親しんでいたが、はこの頃ビートルズにアレルギーがあり、それぞれのソロ活動にもまったく興味がなかった。『昭和40年男』の最新号 (vol.76) では、この日のことを4ページで綴っていて、執筆は昭和42年男の副編・竹部だ。中1だった彼は、僕なんかよりよっぽど洋楽への理解が深かったことになる。この日の彼の悲しみには到底及ばず、その死を悔やんだのはずいぶん後になってのことなのだから大バカヤローである。

 

今週の月曜日には「イマジン」を歌った。26日の「日本一早いクリスマスパーティ」(予約を締め切りました) では、「ハッピー・クリスマス」を歌う。「カム・トゥゲザー」に「ジェラス・ガイ」なんかもレパートリーである。そして毎年、今日は『ジョンの魂』を聴く。が、本当に情けない話で、当時は悲しみを感じるほどに至らなかった。

 

今年の今日は、例年よりもジョンの声が必要になっている。言うまでもなく、ロシアという大国が戦争を仕掛けてしまったからだ。しかも泥沼化して継続中であり、これによって世界が不安定になっている。まさかの大戦突入なんてあってはならないが、冷戦以降では最悪の不安定さであり、アチコチに火種があることが悲しい今日だ。先の大戦のトリガーとなった、真珠湾攻撃は奇しくも12月である (日本8日、現地7日) 。もしもこの大戦がなければ、ジョンの平和への叫びは変わっていたかもしれないと思うとなんともやりきれない。だが確実に言えるのは、ジョンの叫びを風化させねばならない。それが本来人間のあるべき姿なのに、むしろ必要性が高まってしまっている昨今であることや、ましてや令和4年だったことがもっとやりきれない。

 

届かぬと言わず、小さくても構わないから声をあげよう。ジョンの魂を受け継ぎ、諦めないで平和を願おう。57歳になった僕から見ると、たったの40歳だったジョンはどこまで偉大なのだろう。天国で今を悲しんでいるジョンに、恥ずかしくない我々でいたい。今宵は静かに過ごす。
 

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