手塚治虫逝去 〜大編集後記。

 

さあ、まだまだしつこく 最新号 (vol.75) のご紹介、大編集後記をつぶやかせていただこう。昭和の一年を切り取ってお送りしている連載特集『夢、あふれていた俺たちの時代』は今回 昭和64年 を取り上げた。元号が平成に変わった直後の2月に、巨匠の悲報が届いたのだった。

 

マンガとアニメを日本のお家芸とした偉人である。虫プロの倒産というどん底を味わい、ヒット作にも恵まれない日々を送っていた彼が45歳になろうかという頃に『ブラック・ジャック』の連載をスタートさせた。起死回生の作品となったわけだが、当時の僕はむしろ手塚先生がそんな苦しみを強いられていたことを知らなかった。破竹の勢いで躍進する当時の『少年チャンピオン』の中においても、際立っていた作品だった。

 

俺たち世代にとって、手塚作品のなかで最も親しんだ作品ではあるまいか。『昭和40年男』でも表紙を飾ってもらったキャラクターは、子供から少しだけ大人になろうとする時期とかぶり、心を大きく揺さぶられた。法外な手術代を請求するのは、時を経て 大門未知子 に受け継がれている (笑) 。僕は彼女が大好きでシリーズが始まると、ビデオに撮って必ず全作観る。呑みながらでもラク〜に楽しめるからよい。これが大河ドラマだとしっかりと記憶に留めるように観たいから、鎌倉殿はなかなか進まずまだ2話しか進んでいない。って、いかんいかん、脱線ゲームしてしまった。

 

バブルに沸いている一方で、暗い話題が多かったのが昭和64年/平成元年である。先日もつぶやいたことで、この連載企画の頭に作っている「昭和40年男的 こころのベストテン」では、5つが暗い話題になっている。それでも世の中は元気な方向にバンバン向かっていたという、不思議な一年だと言えるかもしれない。

 

手塚作品で僕が夢中になって読んだのは、よくよく考えると『ブラック・ジャック』しかない。だが、彼のチルドレンたちが俺たちに強く影響を与えたのだから、尊敬するにふさわしい巨匠である。時代が平成へと移った年の逝去は、不思議な一年と前述したがこれも偶然ではない気がしてならない。昭和の先輩方の努力によって、日本が世界に誇るモノコトはわんさかあった。昨今はそれらが減少しているように感じられ、昭和ジャンキーには寂しくてならない。だが、手塚先生が昭和に残した遺産はいまだに世界を席巻している。この記事を読みながら、改めて感謝と尊敬の気持ちを深くした次第である。
 

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