昭和40年男夏物語。

電気屋で育ったの幼少時は、お盆が終わるとお楽しみがやってきた。夏のボーナスやクーラー需要でお盆までは休みなく店を営業して、やっと夏休みを迎えるのが20日前後だったからガキの頃は今日あたりウキウキだった。海に行くと土用波が立っていて、弟が溺れかけたことがあった。閉めてしまった海の家が多く、砂浜には人もまばらでクラゲに悩まされることが多かった。でも、電気屋にとってはそれがあたり前田のクラッカーだったから、目一杯楽しんだものだ。旅先でのごちそうや卓球も懐かしいおもひでだ。

 

当時の日本人はよく働いたなとつくづく思う。我が家も休みは日曜だけだったし、営業時間は朝9時から夜9時の開いててよかった12時間だ。前述したとおり夏のクーラー需要期や暮れは休みなしで営業を続けた。その分夏休みとお正月休みがあるものの夏は日曜日を含んで3日間だし、暮れも大晦日の紅白が終わるまで店を開けていて、5日には初荷だ。それはなにもウチに限ったことでなく、誰もがみんなよく働いた。日本がミラクルを起こした大きな要因の一つだろう。今みたいに休むことばかりを推奨する社会ではなかったのだが、国家の成熟とはそういうことで仕方なしである。いろんな場面で日本企業が世界をリードすることが困難になってきているし、かつて世界企業100位に何社もランキングされていた時代もはるか遠くに感じられる。クレーム社会に成り下がってしまったことも、国家低迷に拍車をかける。うーむ、ついつい愚痴になっちまったぜ。

 

そんな家で育ったからか、休みという概念が壊れている僕だ。そもそも、社会に出た頃からしばらくは24時間戦えますかが正義だったのだ。これと真逆を強いられているのは、何年生まれくらいからだろうか? 同世代諸氏からは、働きたいのに働けないとの声がよく聞かれて、本社の近くのホテルのロビーで打ち合わせなんてのが横行している (内緒だよ・笑) 。ましてやこの1年半はコロナで会社に来てはならぬとのお達しが出ているところが多く、どうすりゃあいいんだとお嘆きの方々ばかりだ。だったら休みをたっぷり取ってめいっぱい遊べばいいとオススメしたいところだが、人流の観点からそれは不適格である。

 

新しい趣味を持つチャンスではあるまいか? 僕は最近、江戸を調べあげたいと考えている。知らなかった行政サービスが山ほどあるし、書籍もおもしろいものがどっちゃりある。先日皇居周辺でロケをしたのだが、すばらしい場所ながらガラガラなのだ。ここなら密はまずあり得ないから、夏の宿題の追い上げにまずは皇居学習から始めてみたい。…が、やはり休みは取れそうにない。もうこれは電気屋時代からの宿命なんだな、トホホ。
 

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