ギブソンを買わせたジョン・リー・フッカー。

最新号は見てもらえましたか? リリース直後が週末になる金曜日発売は、つくっている編集サイドは得した気分になる。休日だからちょっくら本屋にでもという男性が多いような気がするから。がんばれ、僕の分身たち!!

発売されたばかりの最新号では“憧れモノ”を特集テーマとしている。僕にとっては、ギター、オーディオ、バイクだったな。その中でもギターは、長きに渡り僕を悩まし続けたアイテムである。昨日書いた、高校の入学祝いに買ってもらった定価80,000円が最高額をマークして、その後は中古やセール品でグッと来たものの衝動買いを続けていた。それなりの高揚感を持って購入するものの、最初の3本ほどの興奮を味わうことはなくかった。だがやがて、とんでもないギターを手に入れてしまったのだ。

もうすぐ19歳で、バイトでそれなりに金を受け取っていたころだ。高校時代からひどいブルース中毒になってしまい、ハウリン・ウルフやライトニン・ホプキンスなどに魂を捧げていたころ。2人同様、僕を虜にしていたジョン・リー・フッカーの来日公演があった。なんとロバート・クレイを前座に従えてである。中毒に冒されていない善良なるブルースファンにもたまらないこの公演は、NHKホールで行われた。開演前に「公演中、ステージ近くに駆け寄ることは絶対にやめてください」とのアナウンスがあり、ブルースのライブでそこまでのことはないだろうと違和感を感じた。熱い音楽であるが、ロック的な盛り上がりになるとは思えなかった。が、それは前座のロバート・クレイが演奏を始めると吹き飛んだ。観客は総立ちになり、ロック的な熱いライブ会場になったのであった。ブルース中毒だった僕は、この瞬間からさらにひどい患者になってしまった。「カッチョいい」。ライブというヤツはレコードで聴く以上にそのミュージシャンのすべてを感じることができる。それまで知らなかったブルースの魅力を知ったのだ。

やがてバックバンドを残し、ロバートがステージから去った。ブギのリズムをバンドが刻み続ける中「ジョン・リー・フッカー」と紹介があり、バンドの確かキーボードのプレイヤーがギターを持ち、この夜の主役の登場を待った。「ジョン・リー・フッカー」と、3回ほど繰り返されただろうか、主役の登場である。これほどカッチョいいシーンを、僕はいまだ人生で感じたことがない。中央の椅子に座り、そのギターを受け取るともったいつけながら音を出した。その瞬間、思考のすべてが真っ白になるというヤツを味わった。無意識な涙が帯状になって流れ出ていて、周囲がそうするようにステージそばへと駆け出していた。主催側はこうなることを知っていたのだね。だがアナウンスはまったく効果がなく、ギュウギュウに詰め寄ったステージ前で、みんながブギのリズムに体を預け演奏を楽しんだ。数々のライヴを観に行っているが、ベストを上げろと言われれば迷いなくこの夜だ。

そして翌日、僕はジョン・リー・フッカーと同じギターを求めてお茶の水の楽器街にいた。人生最大の衝動買いが始まったのだ。狙いは1本で、すべての扱い店を回り、谷口楽器で見つけたものが最も状態と条件(価格ね)がよかった。長期ローンを組み手に入れたのは、ギブソンの76年製175Dで初めてコピーモデルでない本物を手に入れた。最初の3本のような興奮とはことなる、前夜のあまりにもすばらしい体験がそのまま憧れになった衝動買いだった。グレコ、トーカイ、フェルナンデスばかりの僕のギターコレクションの中で、唯一の舶来品で最も保存状態のいい宝物だ。

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6件のコメント

  1. いやはや…札幌に来てほしかったジョン・リー
    ワンCodeで聴く者を酔っ払いにしちゃった方は彼だけでしょう、多分。
    ヴギなんかもう、ションベンタラしてしまいます。
    ちなみにライトニンのヴギは便秘薬になるともっぱらの評判デス。それに比べジョン・リーのはタラしてしまうんですから!
    シモネタご容赦ください。

  2. お邪魔いたします。突然の書き込み、失礼いたします。
    私にはトラウマになったライヴが1984のバーバラ・リンが出演した日比谷スプリング
    カーニバルとジョンリーのライヴ。どちらのステージ内容もよかったのですが…
    日比谷では素人ハーピストがステージジャック。ブレイクダウンバックに悪ノリ…
    そして郵便貯金ホールでのジョンリーのステージで悪ノリする客。
    ホトケさんが「ピット上は塞ぎ板を渡してあるだけなので、沢山の方が乗ると大変危険
    ですのでお辞めください」と話してからメンバー紹介。
    指定席だから、落ち着いて聴けると思っていたら、後ろからゾロゾロとオーケストラ
    ピット上に缶ビール片手に居座り始める奴ら… クレイが終わる頃には若い奴らが沢山
    集まり、ジョンリーが出て来ただけで踊り出す。
    会場に響き渡る「座れ!」「自分の席に戻れ!」外人さんなんかも「ファック!◯◯..」
    ホールとライヴハウスの区別がつかない奴らのおかげで、物凄く嫌な気分になりました。
    大阪でマディを聴いた時は、皆んな着席したまま両手を上げて拍手し迎え、徐々に
    盛り上がり自然な形でスタンディングだったのに、東京はこれがOKなのか?と残念な気分に
    なりました。「俺はこんなブルーズファンの奴らと同じ類になるのか」と思い、以降は
    余程気になるミュージシャンのブルーズライヴにしか行かなくなりました。
    ブルースを離れカリブ〜アフリカ近辺に気持ちが移りレゲェバンドをやっています。

    オーティスが亡くなり、60を前にして「またルーツであるブルーズをやりたいな」と
    思った時に、演奏内容が良かったジョンリーのライヴが、薄れた記憶から呼び戻され
    ました。タイトなリズムのCoast To Coaastの面々とドス黒い声。忘れられません。
    マディも良かったけど、後半で歌われたトラブル イン マインド(だったと…)等
    聴かせる曲にもシビレました。本当にいい内容の演奏でした。
    演奏を思い出し、またブルーズに取り憑かれてもいいかな?なんて…
    長文になり申し訳ありませんでした。

  3. 私もあれほどのライブには未だ出くわしたことがなく良く思いだしているというか未だジョンリーの催眠術が解けておらずジョンリー来日で検索していたらここにたどり着きました。
     私は富山で観ました。ジョンリーに人差指でちょいと指図され皆、とりつかれたように立ち上がり踊り狂っていました。ジョンリーも興奮しているようでアニマル的な雄叫びをあげながらアイマブギキングと繰り返していました。まるでこの世の果てに居るような感覚を覚えたものです。私は39年生まれですがブルーズを聴き始めたばかりであのライブを見ればそりゃあ催眠術も一生解けなくなるのは当たり前です。

    お邪魔しました。

    • ジョン・リー・フッカーで来ていただけたとは光栄です。あのライヴを体感した者同士、催眠術は永遠にとけないでしょうね。

  4. 僕のES335と同じ仕様のラベルだ! ようやく仕事が軌道に乗ったころ、お茶の水(僕はシモクラ)でローン組んだ、編集長と同じ感慨のギターです。一生はなさない。

    • あのラベルを眺めるたびに、ギブソンを手にしたんだなってニヤつくんですよ。僕も一生はなさない。ナンバリングは通しなんですかね?

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