ツクツクボウシに涙する昭和40年男。

この木のあたりから振り絞るような声が聞こえてきた。空も高く秋の風情だ

ここのところずっと、最新号にまつわる話をつぶやいてきたが、そろそろ普段のよもやま話に戻させていただく。

 

夏生まれの54歳にとって、55回目の夏は激し過ぎた。北は札幌、南は博多まで出張がバシバシあり、さらに細かな出張を合わせると移動距離はどんだけあったのだろう。そんな仕事の合間に小さい夏を見つけては心踊らせて、振り返ってみればそれなりに充実した夏だった。

 

今朝の通勤で「風は秋色だなあ」なんて歩いていると、か細いながらツクツクボウシの声が聞こえた。つい1週間ほど前、今年最後だろうなんて聞いていた声に出くわして、朝っぱらからジーンとしたおっさんだ。東京ではこの声が夏の終わりを伝えてくれ、鈴虫が鳴き始めて彼岸花が咲く。が、今年は彼岸をすでに1週間近く過ぎたってのに赤い花はあまりブワッとなってない。そもそも10月近くになってツクツクボウシの声を聞くのも珍しいことで、トランプさんにとってはどうでもいいようだが地球の異常を感じてならない。なんだか今年の夏は1ヶ月後ろにずれた感じがする。全国的にはどうなのだろう。東京の7月は梅雨が長引いて、ギンギラした夏を感じることができる日がほとんどなかった。7月生まれの夏好きにとってはつらかった。

 

この夏は特別な夏にしなければならなかった。10周年の作業に加え、昨日もここで呟いたとおり新創刊もある。多岐にわたる業務が重なりあっている中で、そんな重いのまで抱えているのだ。それにしてもこうした立ち上げというのはおもしろいもので、ネガティブを言う奴がニョキニョキとたくさん出てくる。これまでの人生で慣れっこであり、むしろエネルギーなんだと笑い飛ばすことにしている。いつも大好きな男のセリフが巡るのだ。「世の人は我を何とも言わば言え。我が成す事は我のみぞ知る」だ。

 

坂本龍馬の時代にもこのセリフが出てきていて、まるでネット社会のようだ。現代も幕末騒乱期も人間の本質ってのは変わらない。言葉尻や行動をひっ捕まえて天下取ったように陰口を言う奴と、いつも真実を探しながら受け入れてきちんと意見する奴とがいる。後者の方が人に好かれるのはきっと誰だってわかっているのに、なぜ人はしたり顔で行き場のないネガティブを繰り返してしまうのだろう。まっ、それが人間ですな(笑)。

 

ツクツクボウシの鳴き声にジーンとしてしまったのは、そんな風評もひっくるめて今年の夏が熾烈を極めているからだ。そう思えばますます笑い飛ばせる今日である。

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