フォーライフレコード設立〜大編集後記。

 

日本のシーンを引っ張った天才が2人に、毒と温厚のそれぞれの男が加わり奇跡のレコード会社が設立された。今回『夢、あふれていた俺たちの時代』でフォーカスした昭和50年のことだ。今も拓郎と陽水はまるでビートルズとストーンズのように語られる。タイプは異なれど、時代と才能が生みだした2大巨星だ。その2人がレコード会社を設立したのだから、それはそれは大騒ぎだったことだろう。

 

皆さんにとって拓郎、陽水とは? もっとも影響力を誇った時代はまだガキで、音楽に夢中になった頃の彼らはやや蚊帳の外の存在だった印象がある。僕はとくに遠かった。むしろ早々にフォーライフレコードから離れた毒の人、泉谷しげるさんに惚れ込んだ方が先だ。だがこれも恥ずかしながら、シオンさんが泉谷さんの『春夏秋冬』をカバーしたことが呼び水だ。これによって聴き込んだ昭和63年リリースの傑作アルバム『吠えるバラッド』に完全にやられた。村上“ポンタ”秀一さんやチャボさんら、豪華なロックミュージシャンたちがバックを固めた。そのツアーのフィルムもうっとりしながら眺めたものだ。このアルバムからはカラオケの必須曲が2曲収められている。

 

ここから遅れながらも、拓郎・陽水にも惚れ込んでいったというダメダメな僕だ。拓郎のベストワンナンバーが『ひまわり』で、歌詞に感動した。この曲に出会ったことで吉田拓郎ワールドの素晴らしさを確認させられ、以後ハマった。陽水はやはり『氷の世界』だな。今も全く古くなっていない凄みがある。そうした曲は多々あれど、これほど時代に対して耐久性がある曲は少ない。

 

記事では、初代社長だった小室等さんが当時を振り返って語ってくれた。設立に奔走して初代社長を務めた氏だからこそが語れる言葉の数々が重く、そして優しく響くページになっているから、ぜひっ!!

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