【悲惨な戦い】おねしょドリーム・カムズ・トゥルー!

昭和40年男の少年時代は、決して楽しいことばかりじゃなかった。今思えば笑っちゃうようなことでも、俺たちは真剣に悩み、戦っていた! ここではホロリと苦い “悲惨な戦いの記憶” を通じて、昭和40&50年代という時代を振り返ってみたい。
 

夢の中の快感は目覚めとともに地獄の現実と化した!

トイレに行きたい! 7歳の俺は尿意をもよおし、トイレを探した。そもそもここはどこ? 古いアパートのような建物。とにかくトイレはどこだ?
あった! 「トイレ」とカタカナで書かれたドアを見つけ、俺はバーンと勢いよく開けた!
……え? ドアを開けると、草原? なぜか同心円の的が空中に浮かび「中心に当てて下さい」と書いてある。変だと思ったが、これはトイレなのだ。俺は尿意に勝てず的めがけ用を足した。ジョーッ。
――何かが変だ。下っ腹がくすぐったい違和感。そして下半身が徐々に、温かくなる――。
パチッ。
俺は――寝ている? 草原のトイレにいたはずが俺は今、布団の中にいる。おそるおそる、下半身に手を伸ばす――。
びしょっ。濡れている! 布団をバーンと蹴ってはぎ取ると……どっひゃーん! パジャマのズボンがビショ濡れ、敷き布団に染み! 俺はオネショをしてしまったのだ!

「またやったの?」「またか?」

夜中に起こされ両親激怒。俺は親に怒られない子だったが、この時ばかりは怒られた。
昭和40年代、オネショは恥でしかなかった。当時まだ「夜尿症」というワードは浸透していなくて、俺はただただ「尻クセの悪い子」として怒られた。

これは自分の責任なのか。だが前夜の晩飯で茶を飲まないなど気を遣っても、俺は定期的にオネショをやらかした。

オネショは女子より男子に多かった。そしてオネショをする時は必ずアバンギャルドな夢を見て、変だなと思いつつ用を足してしまい、それは目覚めと共に現実のものになった。
今度はそんな夢を見ても、絶対夢の中で用は足さないぞと、7歳の俺は誓った。だが忘れた頃に、アバンギャルドな場面は俺の夢に現れた!
トイレに行きたい。古いアパートのような建物の中で(いつもコレ)俺は「トイレ」と書かれたドアを開けた!
……え、これ? 木の床に直径3cmほどの丸い穴が、ただ開いている。これまた妙なトイレだなと思いながら「うまく穴の中にできるかな」と、俺は穴めがけて用を足し――。

あひゃーっ! 再び悪夢の目覚め、ビショ濡れのパジャマ、布団の染み。ちなみにマンガでよく見た「布団一面に描かれた日本地図」アレは嘘だ。実際は途中のパンツとパジャマでかなりせき止められるので、あそこまで布団にダイレクトに用は足さない。ってかどんなに「夢の中の変なトイレで用は足さないぞ」と誓っても、俺は断続的にオネショをしてしまった。

だが小学3年のある晩。やはり変な夢を見て用を足し、ガバッと飛び起きると――パジャマが濡れていない?
なぜだか知らないが、その頃を境にオネショ夢を見て用を足しても、それは現実のオネショにはならなくなった。夢ってつくづく不思議だね。「赤ちゃんも、夢を見るのかしら?」っていうCMもあったけど、それも含めて解明されていない謎が、今も多いんだって。

とにかく最近は「夜尿症」というワードが浸透したから、オネショをむやみに恥だ罪悪だと糾弾する状況は、改善されたはずだと思いたい。もし近親で「尻クセの悪い子」がいたら、それはくれぐれも本人の責任じゃないので、寛容に接してあげてほしいね。

ってかすっかりオヤジになった今でも、飲みすぎた日の夜とかたまに見るんだよね「あわやオネショ夢」。この前も「三原山の火口のフチに立って、用を足す」夢を見ちゃって。目が覚めたらセーフでホッ、みたいな。そろそろ「初老」が近づいてきた昭和40年男のみんな、まずは飲みすぎに気をつけよー(オチはそこか?)。

文:カベルナリア吉田

昭和40年生まれの紀行ライター。普段は全国を旅して紀行文を書いている。新刊『ビジホの朝メシを語れるほど食べてみた』(ユサブル)絶賛発売中! よみうりカルチャー荻窪主催の都内散歩講座とオキナワ講座も開講中! 趣味はバイオリンとレスリング、料理も少々。175CM×83kg(少し戻った)、乙女座O型
 
 
【「昭和40年男」vol.55(2019年6月号)掲載】
 

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