真屋順子さんこそ理想の母 〜大編集後記。

 

さあ、今日もしつこく、いやいや今日どころでなくしばらくは最新号 (vol.55) のご紹介の大編集後記を綴らせていただく。

 

欽ちゃんの登場だ。いや、厳密に言えば見栄晴さんだが(笑)。かつて、萩本欽一特集を組んだほど、僕にとって大きな存在である。あの時は超ロングインタビューにお付き合いいただき、恐るべき集中力に感服した。加えて、仕事が心の底から大好きで人生すべて仕事でいいとおっしゃってくれて、ああそうかと自分の行くべき道を確定させてくれた。子供の頃だけでなく、大人になってまで強く僕の人生に影響している御仁だ。

 

と、そんな欽ちゃんと僕との接点は何と言っても『欽ちゃんの ドンといってみよう!』と『欽ちゃんの どこまでやるの!』である。小学館の『小学◯年生』で、欽ちゃん物語を読んで感動したのも強く記憶に残っている。何年生だか記憶は定かでないのだが、将来の夢をコメディアンに決めて (!?) いた時期だからおそらく3年か4年だと思う。『欽ドン!』の次々と提供されるとんがった笑いが刺激的で、ドリフとはまた違った笑いを感じた。さらに、ピンで提供するのが子供ながらに脅威を感じつつ尊敬していた。

 

その欽ちゃんが、ちょっぴり違う路線の笑いを提供したなと感じたのが『欽どこ』だった。それは何と言っても真屋順子さんの存在が大きかった。欽ちゃんのギャグにコロコロと笑う姿に惚れた。それはアイドルを眺めるのとは全く異なり、理想の母だった。ここに今回の特集のキモがある。昭和にはよき母がたくさんいたのだ。昭和のコンテンツメーカーが我々ガキどもに母を多く送り込んだのは、日本の子供たちへの愛情だったのではないか。そんな中にあって、真屋さんは理想の母の一人だった。

 

この番組が大好きで、いつも家族団らんで眺めた。家族で過ごす時間が長かった昭和は、そのままコンテンツの中でも家族は重要なソースだった。『欽どこ』のような番組が高視聴率を誇る時代に育ったことを誇りに思う。それは、こんな特集で雑誌を世に送り出せたことと同義でもある。
 

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