お歳暮選びにおっさんの心意気!?

先日お歳暮の吟味に出かけた。この習慣を覚えたその年から、僕は銀座の三越と決めている。お歳暮自体もそうだが、11月末から12月の頭の銀座は年の瀬の始まりを感じさせてくれて心地よいのだ。それとやはり、三越ブランドがよかろうともうかれこれ20年以上、夏と冬の2回銀座三越に出かける。残念ながら、あの高級店でそれ以外の買い物はほとんどなく、出産祝いなどのギフトを数度買ったことがあるという付き合いである。思えば自分のために買ったものが何もない!!

 

お歳暮の時期になると分厚いカタログと、前回贈り物をした方の住所入りの申し込み用紙が届く。ああ、もうそんな時期なんだなと師走の到来を連想させる封書だ。このカタログを使ってネット予約だってもちろんできる。カタログを見ればほぼその品については理解できるし、時間の短縮にもなる。が、僕はかならずギフトセンターに足を運ぶことにしている。それは送る者の気持ちの部分だろう。贈る以上、現物に近い物を見て吟味したい。そもそもは、お世話になった1年のお礼にうかがい、お歳暮の品はその脇役だったはずだ。その挨拶を簡略化させていて、さらに品定めまでカタログで済ましてしまっては本来の意味が崩れるのではないかとのおっさん発想である。

 

てな訳ででかけた。僕が行った日はまさしくピークで、決済を待つ行列の待ち時間は30分ほどと言われた。自分のおっさん発想のせいで、貴重な時間を無駄にしてはならない。そこで、写真のように待つ席でパソコンを広げた。周囲はネットで注文しない層の方だから僕のような昔気質の方ばかりで、その中で颯爽とキーボードを叩く僕はイケてる…って、そもそもここにいることがあまりナウでヤングでないけど。

 

ネットによって暮らしが大きく変わっているのは言うまでもなく、その恩恵の上に座布団を敷いて暮らしている。その座布団の上からこうして愚痴ったりするのは褒められたものでないのは分かっている。だが、大切な行為だったり気持ちだったりってのは便利だからと全て流されてはならないはずだ。しかし、届いた相手に足を運んだことかネットで手配したかなんて区別はつかん。これを無駄と呼ぶなら呼べ(笑)。

 

   

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