俺たち丸井世代!?

今日はローカルネタで失礼する。ハイティーンの頃、DCブランドブームが巻き起こり俺たちは憧れた。その憧れとの距離をグーンと縮めたのが丸井であり、赤いカードだ。お洒落なプロモーションでイメージアップする一方、月賦払いという泥臭い売り方で若者を狂乱させた。ナウでヤングでなかった僕は成人式用のスーツが丸井初体験で、赤いカードはもっぱらキャッシング利用だ。給料前のデートやツケがたまってしまった居酒屋に丸井のキャッシングは強い味方でありながら、その利息は脅威だった。ともあれ、丸井には散々お世話になり、のちに就職した広告会社が丸井のプロモーションで絡んでいたのはなんとなく誇らしい仕事だと思え、全力で取り組んだのが昨日のことのようである。

話はちょいと展開する。僕が大田区蒲田に住み始めたのが90年代の始め頃で、それまでしばらく丸井とは縁遠くなっていたが、蒲田からほど近い川崎に丸井があり、年に2回のバーゲンに出かけるようになった。丸井ライフのリスタートだ。50%オフは魅力的で、何が目的というわけでなく出かけてはファッションアイテムを手に入れた。ここ数年はザラでいい加減なシャツを買い、丸井で勝負シャツ(!?)を買うというのが続いている。

先日、20年以上にわたり世話になってきた丸井川崎店が、29年の営業に幕を下ろした。ファッションに疎く、ナウでヤングでない僕の人生で最も世話になった百貨店である。その最終日に、掘り出し物を探そうとバイクイベント会場から直行した僕だ。駅の反対側に大型ショッピングモールのラゾーナ川崎がオープンして以来、川崎丸井はバーゲンでも閑古鳥が鳴いていた。ところがさすが最終日だ。店はラザーナ開業前のバーゲン時に戻ったかのような盛況ぶりで、すれ違ったかップルが「いつもこうだったら潰れなかったのに」と言っていたのが笑えた。だってね、店をたたむことの投げ売りへの期待がこの盛況なんだから。

かつて僕を熱狂させた丸井。仕事の小僧時代に懸命にプランを練った丸井。そして、おっさんにファッションを楽しませてくれた丸井よ、さらばじゃ。なんだかひとつの時代が終わった気がする。ちなみにこの最終日はろくなものが残っていなかったが、さらばな気分を味わえたからよしとしよう。

  

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6件のコメント

  1. 遂に丸井川崎も閉店ですか…
    丸井と言えば、私も学生時代は授業さぼって新宿丸井ヤング館ファッション館のバーゲン行ってBIGIのシャツとか買った記憶あります。
    昭和63年就職した年、通勤途中駅に川崎ルフロンが開店して、また丸井にお世話になりました。
    たまに食べたハングリータイガーのハンバーグが美味しかったなあ~

    • ルフロンがどんどん寂しくなってます。開店した頃とは人の流れもまったく変わってしまいましたよ。
      授業さぼって新宿ヤング館って、俺たち世代の響きがしていいですね。

  2. 丸井だぁ~、コント赤信号のネタ、懐かしい響きです。
    これを実家(広島)で見ていた時には、意味不明でしたが(苦笑。
    ’87年に上京して、住み着いた蒲田で、
    JR蒲田駅西口にあった丸井には、お世話になりました(今は、ドンキ みたいですね)。
    CDラジカセを買いにフラっと入店したら、ダーバンのスーツ上下を売りつけられて、
    1-2時間で10数万を散財したのが、懐かしいです。あ、今もそのスーツ持ってます(微笑)。

    • 蒲田に丸井って今考えるとよくやってなという感じですね。
      10数万円とは恐れ入った。今度浅草秘密基地に着てお越しください。

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