出版社として歩んだ10年。〜北村編集長誕生〜

出版事業に手を出して10周年を迎えたので
当時を振り返りながらこれまでのあゆみを綴っている。

96年、97年と自分の企画で世に本を送り込んだ。
98年に入ったある日、出版社から呼び出しがあった。
「あの編集部はダメだ。売れる本はつくれないよ」と社長が言う。
『カワサキバイクマガジン』の編集を任せていたプロダクションに力がないとのことだった。
1年目は季刊で4冊出し、2年目は隔月になって10号目の制作にかかっている頃の話だ。
「うちの会社で編集作業をやろうと思っているのだが」との社長の言葉を制し、
「ちょっと待ってください。うちにやらせてもらえませんか」と投げかけた。
『ジパングツーリング』編集部にやらせようと思ったのだ。
両誌とも隔月だから工夫すれば回せるはずで、月刊ペースになればスケールメリットが出て
結果的には編集コストを下げられると瞬間的に思ったのだ。
そしてなにより、自分の意志を本に吹き込めることになるのが大きい。
社長は納得してくれ、早速調整すると言い残して版元を出た。

社に戻り『ジパングツーリング』編集長に話してみた。
検討を重ねて数日後に一度は快諾してくれたのだが、問題が起こった。
これまでやってきた編集プロダクションに仕事を出してくれと頼んだことに対し、
彼はそれでは自分の本にならないからと首を縦には振ってくれなかったのだ。
平行線のまま彼から「北村さんがやったらいいじゃないですか」と、一言投げられたのだった。
「いやあ、俺、編集経験そのものがないし」
「十分に経験してますよ。北村さんならやれると思うな」と言われた豚さんは一瞬にして木に登り
「よーし、いっちょやったるかと」決意を固めたのだった。

報告に行った版元社長もそれはおもしろいと快諾してくれ、
ここに編集実務経験のない編集長が誕生したのだった。
いやあ、人生ってなにが起こるかわからんねえ。

続くよーん。

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