死について考える。〜その4 悲しみを乗り越えて〜

3人いる子供うち下の2人は学校に行っていて、
大学生の長女だけが家にいた。
一緒にアルバムを開き「いいお父さんだっただろう」と言うと、涙をこぼしながら頷いた。
奥さんと娘さんと3人で、遺影の前でずっと涙を流していた。

ヤツに出会えなかったら今の俺はいない。
幸せなことにそう思える人間はたくさんいるが、
そう思える人間だからこそ大きな悲しみを連れてくる。

玄関先まで送ってくれた娘に「東京に来るときは連絡くれよな。元気でな」と、声をかけるとにっこりと笑った。
駅まで車で送ってくれた奥さんには「またやっちゃんに会いに来ます」と言い、クルマを見送った。
俺はヤツが過ごした街を感じたくて、しばらくゆるゆると歩いてみた。
山々が見える静かなところで、ヤツはきっとこの街が大好きだったのだろうな。

俺にはヤツのような強さはない。
その強さゆえ、漢方だけで治すなどということになってしまい、悲しい結果にはなった。
だがそれもヤツが選んだ生き方なのだ。
ヤツが愛したであろう静かな街を歩きながら、
想い出をトレースしているうちにヤツを許せていった。
家族は立派に新しい一歩を踏み出していたし、
父親のことを愛していることには変わらない。

簡単に乗り越えられるものではないだろうし、
一番下の子はまだ小学生なのだから
これからの生活だって決っしてラクではないだろう。
が、しっかりと前に向かっている。
俺もヤツに教わったことを大切に生きていかなければならないな。
そしてヤツの分までがんばらなければ。

宮崎の風はやさしく頬を撫でてゆき、涙を乾かしてくれた。

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2件のコメント

  1. 娘と2人で読ませていただきました。主人のことを大切に想って下さる方がいたことを嬉しく思います。これからも主人のことを忘れずに家族皆で頑張っていこうと思います。またいつの日か主人の思い出話を聞かせて下さい。

  2. 先日はお邪魔しました。コメントありがとうございます。
    あの日は、やっちゃんとのあんなことこんなこと、いろんな記憶を呼び起こしながら過ごしました。つらい日ではありましたが、うかがってよかった思っています。必ずまた会いにうかがいますので、その際はよろしくおねがいします。

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