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2度目の被災地取材。

2011 年 6 月 10 日 プロデューサー コメント

気仙沼の今は、この状況だ。残念ながら復興という言葉とは程遠い

気仙沼からの南下を始める。

南三陸の今だ

昨日、今日と宮城県を回った。前回より始めた被災地に関する記事の連載取材のためである。今回は前回取材した宮城県の定点観測と、奮闘するタメ年男レポートの2本立てで次号のページをつくるつもりだ。

 

まずは前回の取材ルートをトレースしてみた。衝撃の取材となった日から約2ヶ月が経過している。この間で、マスコミの焦点は原発と政治へとシフトしていき、震災はまるで相撲の八百長問題かのごとく、まあそこまでいかないまでも扱いが弱まっている。原発問題とは切り離して論じたい。現段階では震災被害に絞り込んだ記事にしようと思っている。死者数は、明日3ヶ月を迎えるというのに積み上げられていく一方だ。津波に飲み込まれた大地は、最新号でその一部を伝えた通り凄惨なもので、日本国民である以上絶対に無視できない問題である。キチンと背負わねばならぬ。原発もキッカケは震災であるから、そうだな5割は責任を持つかっ? えっ、政府と東電よぉ!! いかんいかん、つい怒りが…。震災復興は我々の子孫にまで渡る大きな問題であり、しつこくなるが日本人としてこの地で暮らすものにとっては共通のものである。大きな債務であるからよけいに、素早い完済をしたい。その気持ちを昭和40年男が共有しようぜという、とんでもなく暑苦しいメッセージ企画である。

 

気仙沼から入り、名取までをトレースした。この約2ヶ月間で、莫大な金と人の汗を使ってきたわけだ。その成果は…? 涙が出てくる程小さい。震災から約1ヶ月で入った前回の取材で感じたのは、震災の凄まじさだけでなく、道路を素早く通した復興魂だった。だが今回は残念ながらそれを感じるに至らない。もちろん作業に当たっている方々が手を緩めたわけではないだろう。立派な仮設住宅をいくつか見た。場所によっては見違える程きれいになった場所もあった。だが、それらの比率はあまりにも小さい。腹立たしくなってくるのは、原発問題がトッププライオリティになっていることだ。人災の方により多くの手が割かれている。それ自体、仕方ないことは承知の上だが、人災のせいでトップになってしまっていることが本当に腹立たしい。原発の問題がなければもっと進行しているはずだと思ってしまうような光景が、眼前に延々と広がっていた。悔しい気持ちで一杯だ。

 

原発に関しては自身の論を組み立てている真っ最中であるが、すべての原発に対してという意味ではなく、復興をここまで遅れてさせている元凶である今回の人災は、断固許したくない。すさまじい光景を前に唇を噛み締めたのだった。

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