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スーパーママチャリGP。感動のゴール

2011 年 1 月 11 日 プロデューサー コメント

ママチャリとはいえレースである。
みんなが懸命につないだタスキ(!?)のせいもあって、
ケガだけはしないようにとの言葉など吹っ飛んでいた。
ピットロードを出て第1コーナーへと下り坂が続き、徐々にスピードに乗っていく。
トラウマを抱えたチキンは、それでも必死にペダルをこいでいった。
第1コーナーを回るとさらに下りがきつくなり、グングンとスピードに乗っていく。
そしてハンドルがグラグラとふられたとき、あの瞬間が頭をよぎった。
よぎったというよりなんとも経験したことのない感覚で、手術室や眠れなかった長い夜とか、
付随するものが映像と恐怖になって僕を支配した。
ヤバイヤバイヤバイ…そこらあたりの記憶が曖昧なほどの恐怖をから戻ったときは、
すっかりスピードダウンしていてペダルがスカスカになっていた。
チェーンが外れてしまったのである。
コースアウトして自転車を停めると全身がブルブルと震えていた。
大きく震える手でチェーンを直そうとしたが、外れたチェーンがすっかり噛んでしまっていた。
しばらく押したり引っ張ったりしてみたがうんともすんも言わない。
工具がないと無理なようだ。

 

僕は自転車を押して走り始めた。左足の親指あたりに激痛があった。
たぶんどこかに打ち付けたのだろう。だがそんな痛みよりも、
せっかく順調につないできた仲間に対する気持ちの方がずっとずっと痛い。
チャリンコを押しながら走り、あまり残ってはいなかったが下り坂はまたがって進んだ。
後半は下った分を取り戻す登りが続く。走りたい…がスピードは乗らず、
また上りは踏ん張るから足にはさらに激痛が走った。

 

なんとかやっとピットロードに戻ると、30分もかかる大ブレーキになってしまった。
箱根駅伝でブレーキしてしまった選手はこんな気持ちだろうな、
ものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「申し訳ないっ。チェーンが外れた」
金子と隣のチームのチャリスペシャリスト風の人が手伝ってくれ、2人がかりで懸命に直した。
僕はそれを見ながら肩で息をしていた。やっとこさ直り、撮影を兼務してる武田を1回抜いて
番長が出ていった。直ったことを確認して倒れ込んだ僕はまさに放心状態だった。
なんだったのだろう? ああいうのをパニック状態というのかな?。
親指はどうやら強くぶつけたようで真っ赤になっていた。

 

それでもチームは、その後順調に飛ばしていった。
僕の大ブレーキをおぎない少しずつ順位を上げていく。
皆、2周目の方がラクだと帰ってくる。さすが年の功だね(笑)。
僕も2週はキチンと走ったよ。下り坂は早めにブレーキをかけるというチキンぶりと、
さっき走った疲労が足にたっぷりと残っているものの、なんとか周回できた。
やがてスタートから6時間が過ぎると、俄然タイムを上げていくチーム昭和40年男だ。
そしてラストランナーの程島さんが見事にゴールを決めて、俺たちのレースは終わった。
936位。一時1000位代まで落ち込んだのを後半ドンドン押し上げたのだった。
みなさんお疲れさまでした。

 

2日間のステキな時間は、みんなの胸に大きな記憶となっただろうと思う。
と同時に『昭和40年男』が目指している世界はすばらしいなと自画自賛した僕だ。
でもね、親指が紫色になって腫れあがっているのがちょっとかわいそうだね。
今日は靴がキツいっす(笑)。

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    kura
    2011年 1月 11日 19:09 | #1

    編集長、お疲れ様でした。
    そんなトラウマが有ったとは・・色々と軽はずみな発言が有ったかと思いますがご容赦下さい。

    自分はすっかり・・高額で雇った助っ人外人が全く役に立たなかった様な状態で・・すみませんm(__)m
    でも本当に良い経験が出来ました♪
    是非来年も・・かな!?(^_^)

    追伸>
    最高速の件・・ひょっとして自分かも・・と思ったりしています・・。
    下りは全くブレーキングせずに最高速で降りて行ったので・・自分の体重も加味されているかも・・です(^_^)

  2. スゲー、ブレーキングせずににですか。チキンな俺で情けないっす。最後の出走変更で上りを快く引き受けてくれた場面も、スゲーカッコよかったですよ。ありがとうございました。

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    プロデューサー
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    伊藤
    2011年 1月 11日 21:42 | #2

    編集長、そして一緒にママチャリレースに参加してくれたみんな、お疲れ様でした!

    2日間とも晴天に恵まれて、とてもとてもいい思い出になりました。
    あんなに良い経験が出来たのもみんなのおかげだと思ってます。(*^_^*) 

    付き合ってくれた皆さん、ありがとうございました♪

    あと、副編の小笠原さん、ママチャリレースまでの色々な準備、往復のクルマの運転と本当にありがとうございました。

  4. いやあ、奇跡的な晴天でしたよね。この企画は番長が持ち込んでくれたおかげで実現し、みんなのいい経験となり、いい想い出となりました。ありがとうございました。

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    プロデューサー
  5. お疲れさまでした! いつもニコヤカ、伊藤さんの笑顔が、FISCOの激坂攻略後も崩れることがなくてびっくり。また浅草秘密基地のネタができましたね。

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    編集部員
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    トオル(長谷川)
    2011年 1月 12日 23:16 | #3

    編集長、そして監督の金子さん、そしてそしてプロカメラマンの武田さん、そしてそしてそして、行き帰り疲労の中、運転してくれた小笠原さん、そして、我がタメのみんな、本当にありがとうございます。

    この年になって、こんな青春みたいな経験できるなんて、「昭和40年男」に感謝感激アメアラレです。

    やはり、一宿一飯を共にすると結束は固くなるなあと痛感しました。
    みんなで温泉入りたかたっす!

    翌日3時起きがわかってるのに、夜中12時近くまで熱く語り合える仲間、何か、心の底から「いいな!」って、帰り道に改めて感じちゃいました。

    「昭和40年男」編集部の皆さま、ありがとうございます。

    P.S.編集部の皆さま、
      もしかして自転車の処遇にお困りでしたら、私でよければ引き取りますよ!
      持ちつ持たれつ、言ってくださいね。 

  7. ありがとうございます。
    ホント「いいな!」でしたね。じっくりと語り合った時間もいい想い出ですよね。3時間の睡眠ながら、体も心もバッチリ目覚めていました。ちなみに解散後に金子監督と朝まで呑んでしまい、翌日の仕事はフラフラでしたけど。

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    プロデューサー
  8. お疲れさまでした! 大変ながらも楽しい一日でしたね。寒さにびびりながらも好天に恵まれたこともあって意外と温かく、朝の渋滞にもそれほど巻き込まれず、富士山も美しく…といいことづくめ。楽しいレポートを期待していてください。

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    編集部員