「ローラースルーGOGO」のおもひで 〜大編集後記。

 

余談ながら、東京は夜8時から暗黒の街になっちまった。帰宅途中の乗り換え駅、東京都が誇る安居酒屋街の蒲田を昨夜10時頃ウォッチ (これを不要不急と言うなかれ、取材じゃ) してみたが、僕が見た限りほぼ全店休業で、テイクアウトで看板の電気をつけている居酒屋が1軒と吉野家が営業しているだけだった。去年の緊急事態宣言の時に完全無視を決め込んだもつ焼き屋や、僕の行きつけの呑み屋・つけ麺大王までがシャッターを閉めているのだから驚きである。ちょっと思い出したのは、昭和64年の1月7日だ。天皇陛下の崩御を受けて当時働いていた上野の呑屋街はほぼ営業しなかったが、僕が働いていた居酒屋は外国人オーナーだったため営業したのが日本人としてすげー恥ずかしかった。が、やはり客はほとんど来ず、暇な営業の合間に見たガランとした街の光景は昨日の蒲田に酷似していた。と、そんな緊急事態の日曜日はやはり外出せずに最新号とビールで過ごそう。てな訳で、昨日発売になった最新号のPRをさせていただく。大編集後記じゃー!!

 

今回の特集『俺たちの手が届かなかったモノ図鑑』は、昭和40年男が幼少から20代の始めくらいまでの時系列で章を分けた。その第1章となるのは、幼少期の欲しいモノがズラリと並ぶ。タイトル通りコンセプトは “手の届かなかったモノ” だから、まさに俺たちが身悶えながら欲しがったアレコレばかりが並ぶ。タイトルバックに鎮座したのはフラッシャー付自転車の「アストロG」だ。大ブームを巻き起こしたデコトラ風チャリンコは当然ながら所有できた者はごく一部で、羨望の眼差しを集めていた。今も自慢げに乗り回していたアイツの顔が目に浮かぶぜ。

 

そしてその左下には黄色の憎いヤツがいる。「ローラースルーGOGO」だ。フラッシャー付自転車に比べれば、これの方がまだ手にした者は多いかもしれない。ホンダによって開発されたとは、仕事で散々お付き合いさせていただいているのに『昭和40年男』で取り上げるまで知らなかった。後に4輪で心奪われるメーカーは、ガキの頃にすでに刷り込まれていたのだな。当然僕も欲しかったが、買ってもらえるわけがない。だが僕が通う小学校が大量にストックして、日曜日の校庭解放で遊ばせてくれた。普段は使用禁止を貫いていたことや、区立の学校が大量購入できるのかと謎ばかりだ。もしかしたら荒川区には少ないお金持ちからの寄付で、授業で使うわけにいかず校庭開放でのみ放出したのか? ともかくガンガン遊べたのはありがたかった。そんな学校の恩恵があった僕にとって、「ローラースルーGOGO」に手の届かなかった感は薄い。

 

さらに左ページにも手の届かなかったものばかりだ。Nゲージ!! いたなあ持っていたヤツが。プラレールに比べると本物感が半端なく、夢を描いたままいつもそいつの家でいじっていたっけ。天体望遠鏡は学習の一環だからとねだれば買ってもらえると姑息なことを思いつき成功したものの、僕に届けられたのは夢に見ていたこの写真のような立派なものでなく、細くて短く三脚なんて当然ついていないモノだった。

 

それにしても、ガキどもに向けた大人たちの熱がいいじやないか。こうして明日への元気と夢をもらっていたのだから、大人になった俺たちはもうひと踏ん張りだ。時間旅行を楽しみながら、そんな感謝とやる気が湧いてくる最新号は、早くしないと売り切れちゃうぞー!!

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