すべてにありがとう。

今年も最終日を迎えた。このつぶやきにお付き合いいただいている方々にとっては、大晦日恒例のタイトルかもしれない。今年で10回目を迎える。心から今日タイトルした「すべてにありがとう」と言えるようにと365日を懸命に生きてきたつもりだ。が、この言葉に対して美しさが足りないと思う自分もいる。そうありながらも、こうして発信できることに偽りはないと噛み締めているところだ。

 

55歳を迎えた。50代の後半戦に入った令和2年だった。ロックに生きたいと思っていたハイティーンの頃は、20歳を超えることすら想像できなかった。正確にはそんな自分をイメージしたくなかったのだろう。切り刻んで切り刻んで生きてやる。何にも迎合することなく、自分の中にあるロックだけを頼りにして生きていくのは、大人にはできないと決めつけていたのだ。ハハハ、バーカである。若さとはそんなものである。還暦が見えてきた55歳は今もバカだがロックに生きているのは間違いなしだ。あの頃の切りつけ方とは大きく変わったが、ストーンズの「サティスファクション」を今でも大声で歌えるぜ (笑) 。

 

それにしてもやはりきつい一年だった。このタイトルにしてこれもまた毎年思うことは、きつさは自己記録を毎年塗り替える。過去最高にきつい年を積み上げていくのが人生なんだと悟り、前年より絶対しんどい年にしてやると誓うドMになって何年経つだろう。そんな自分に対しての褒美が、心の中に灯す「すべてにありがとう」なんだ。身近な人から始まって、今年出逢った皆さんや親交を深めた皆さんへと想いを紡いでいく。そしてやがて、住まわせてもらっている街から始まり、区だったり、都だったり、国だったり、そしてこの星だったりと広げていくことでどんどん報われていく気分が味わえる。そしてやっぱり、もっともっと美しく「すべてにありがとう」と言えるように、未熟な自分に喝を入れたりする。それが大晦日なんだ。

 

年越しが大好きだ。「よいお年をお迎えください」と言い合った俺たちは、互いに「おめでとう」と言い合える。どんなにきつかった年だって、この二つの言葉があればいい一年へと昇華できる。が、これを言えない方が日本には、そして世界にはごまんといるのだ。今、死を選択しようとしている人もごまんといるはずで、その方々に思いを寄せるとこんなバカな文章を書いていていいのかと自問してしまう。が、死の選択を強いられている、もしくはそんな日をやっと乗り越えたという方は、今これを読んでいる同世代諸氏のほとんどであるまいか。

 

共に生きよう。ほんの一瞬笑えたならば、そいつをでっかく胸に刻んで逆風に立ち向かう。これを繰り返していれば、そして諦めなければ生きることは必ずガハハになる。あたり前田のクラッカーながら、死は笑いを奪い去ってしまう。これは、ひじょーーーーーにもったいない。だからね、共に生きよう!!

 

さて、そろそろ今年のペンを置くことにする。
「すべてにありがとう」
この言葉に自分をうずめてあげることが、自分で自分にできる大きな褒美だ。いただきま〜す。そして皆さん、今年もお付き合いいただきありがとうございました。令和3年がよい年でありますようにと強く強く気持ちを込めて、やがてくる新年に、盃を天に掲げます。どうぞ皆さんご一緒に。0時ぴったりに乾杯ですよ!!
 

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3件のコメント

  1. ぜひ筒美京平特集をお願いします。
    1冊丸ごとでokです。

  2. 来年こそはみんなで秘密基地に集まって、また再びガハハできますよ〜に。
    昭和40年男は2021年もまだまだまだまだ…
    もがいて汗かいて転がり続けるのだ!
    「I can’t get no satisfaction!!!」

    • コメントありがとうございます。
      ガハハの日はきっと近いですよ。
      来年も、お互いガンガンもがきましょうね。

      北村

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