運命って考えた方が楽しいぜ、ラララ!!

今を遡ること36年、1984年7月20日のことだ。今日のつぶやきは、得意の脱線ゲームから入るがお付き合いくだされ。

 

この日、せっかく最高のブルースマンを目の当たりにできるってのに、コンディションは最悪だった。その数日前に巻き込まれた殴り合いの喧嘩のせいで身体中が痛く、後悔しながらジョン・リー・フッカーの登場を待っていた。前座を務めたのは若き日のロバート・クレイで、すばらしいプレイだったが、あまり記憶に残っていないのはその後の主役が凄すぎた。

 

椅子に腰掛けてバンドメンバーからギターを手渡される。その一発目のギターの音に魂を揺さぶられた。あんなにスゲー音を聴いたのは、僕のその後の人生でまだない。それはきっと、1,500人ほどのキャパのこの会場に居合わせた者のほぼ全員に共通していると思う。その音を受け取った瞬間、それまでおとなしかった客のほとんどがステージ近くへとなだれ込み完全にスイッチが入った。興奮のるつぼとは、このためにある言葉だ。身体の痛みなんか遥か彼方へとすっ飛び、同時にこの瞬間まで積み上げてきたブルースへの知識や経験をぶっ壊された。その最たる部分は、ブルースとは渋さという武器がある音楽だとどこかで思っていた。ライトニン・ホプキンスやハウリン・ウルフも好んで聴いていたから、ジョン・リーも含んでブルースとは熱い音楽なんだという解釈はレコードによってすでに出来ていたが、エッセンスとして渋さという部分が魅力のひとつだと考えていた。自分が組んでいたバンドでもブルースを演奏していたからなおのこと、ガキなりに渋さを追求していた。が、ジョン・リーのギター第1音で頭をかち割られてしまい、悪魔の音楽に完全に魂を持っていかれてしまった。なんてったってその興奮のまま、翌日にはお茶の水で恐怖の長期ローンを組んで、ジョン・リーとお揃いのギブソンを買っちゃったほどだったのだ。

 

さてさて、ここまでは今日のつぶやきのいわば前置きだ。運命の話をさせていただきたい。この、僕の人生を変えたと言っていいほどの衝撃を与えたコンサート会場は、芝郵便貯金ホールだった。先日、はとことの再会が近い将来実現すると書いた僕の家系図作り企画では、知らなかったたくさんのことを知ることができた。そのひとつが、僕の爺さんの住所が会社から歩いて1分ほどの近くだった。人生を変えたひとつと言っていいコンサートも同じく会社から数分のところだ。なんだか僕の人生は爺さんに呼ばれているんじゃないかと思えてならないのだ。だってさらに、組んでいた5人のバンドメンバー全員が進学を捨てて、プロの道へと走るんだという節目となった高校卒業記念のビッグライブの会場が芝青年会館だった。ちなみに弟の結婚式会場もこの界隈だ(笑)。なんだか奇妙な縁を感じてならない。

 

さらに話は混沌とする。先日、新規の仕事の依頼主と先方の所在地で呑んだ時のことだ。この地できちんと過ごすのは人生で初めてのことだった。1軒目でしこたま呑って繰り出したバーでのこと。やけに音楽の香りがする店で、なんとここのマスターは1984年の7月20日に同じ空気を吸っていたと言うじゃないか。36年を経てやはり暑い夏の夜に、僕らはジョン・リー・フッカーのあの日の勇姿を称えあっていた。ドーム3デイズとかだったらわかるが、芝でワンデイなのだから偶然で片付けたくない。やっぱりあのライブは運命的だななんて、夏の夜だからかちょっぴりスピリチュアルな気分に持っていき、気分も話も盛り上がってしまった。翌日は地獄のごとき二日酔いに灼熱の太陽が容赦なかったが、この日の僕は爺さんの家の跡地を通り、郵便貯金ホール(現メルパルクホール) へと行き、しばしぼーっと過ごした。ただの偶然だと思うより、運命ってやつだと考えた方が俄然楽しいものである、ラララ。

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