倒錯する性のめざめ

昭和40年男の悲惨な戦い

昭和40年男の少年時代は、決して楽しいことばかりじゃなかった。今思えば笑っちゃうようなことでも、俺たちは真剣に悩み、戦っていた! ここではホロリと苦い“悲惨な戦いの記憶”を通じて、昭和40&50年代という時代を振り返ってみたい。

片田舎の小学校で妄想があらぬ方向に大暴走?

最近の小学生って、男子と女子が付き合ったりするらしいじゃん。でも俺たち昭和40年男の小学生時代、そんなこと絶対なかった。女子と仲よくしようものなら「お前〇〇子のこと好きなんじゃねーの?」とか言われて、照れ隠しで「好きじゃねーよあんなブス!」とか言って。でも本当はみんな、女子と仲よくしたかったはずだ。だけどできなかった。だから心の中でみんな、モンモンしていた。

そんなある日、変なことが起こった。クラスの男子F田君が「実はブラジャーをつけている」という噂が突如広まったのだ。なんの脈絡もなく!

「ブラジャーマンだ!」「ブラジャーの調子はどうですかあ!」

…F田君のお母さんから苦情が来たのだろう。俺たち男子は担任の女先生から、「二度とF田君をからかうな!」と大目玉をくらい、ブラジャー事件はなんとなく収束した。

だが今度は、クラスのK君が何かのはずみで「ボイーン」と言ったその日から「ボインK」と呼ばれ、からかわれ始めた。これもなんとなく収束したが…どうもこの時期俺たちは、軽めのイヤらしいワードに、異常に反応していたようである。

6年生になり、担任はオバアちゃん教師W先生に変わった。穏やかな先生と誰もが思っていたが、しかし事件は起こった!

「このノートは誰の?」

帰りの会でW先生が、一冊のノートを振りかざし激怒。その氏名欄には「白雪姫子」の4文字が。もちろんそんな名前の子はクラスにはいない。

「イヤらしいことが書いてあるけど、誰のノートなの!」

ザワザワ、教室がザワつき始める。そして「名乗り出るまで帰れないわよ!」と迫る先生に負けて、ついに「私です」と名乗り出たのは秀才のA山さん! ノートをひったくると、彼女は顔を真っ赤にして、そのまま教室を出て行ってしまった。

大正生まれのW先生は「ふしだらなこと」が許せなかったのだろう。でも普段は女子をからかう男子も、この時だけは「何もみんなの前で言わなくても」と思ったに違いない。
帰り道、みんながしゃべらないなかで、同じ3組のH田君が、「何が書いてあったのかな」とボソッと言う。誰も答えないまま、モンモンとした空気だけを残し、この日の一件は終わった。だが事件は続く。

テストを返却しながら、W先生がまた怒り出した。「空欄を埋めなさい」という問題の5つのマス(□□□□□)に、「お●ん●ん、って書いた子がいる。しかも無記名で。誰?」

再びザワザワ。この時はバカ男子が「女子だと思いまーす。俺たち●ち●ち●なんて言わねーもん」「そうだ! 俺たちポコ●ンって言うもん!」と騒ぎ、バカすぎて笑ってウヤムヤになった。そして再び「誰だったのかな」とボソッと言うH田君。

だが続いて、このH田君が主役になる。この頃、男子の間で「H田のポコ●ンはデカい」とよく話題になっていて、そのH田君が学校を休んだ。次の日もまたその次の日も。そして朝の会でW先生が言った。

「H田君は腰が痛くなる病気で1ヶ月ほどお休みします」

今度は男子がザワザワ。腰が痛いって…アレが重すぎるから? 1ヶ月後に復帰したH田君が「一目置かれる存在」になっていたのは言うまでもない。H田すげー、みたいな。

インターネットも何もない時代。片田舎の閉じた小学校で、女子と話すことも許されないまま、俺たちはひたすらモンモンしていた。空気を読まない教師の下で、降って湧いたように起こるエロい出来事に、どう対処していいかわからなかった。そうやってモンモンしながら、俺たちは大人への階段を上っていたのかもね。白雪姫子ちゃん、今はどうしているのかなー。

文:カベルナリア吉田

【「昭和40年男」vol.50(2018年8月号)掲載】

昭和40年生まれの紀行ライター。普段は全国を旅して紀行文を書いている。この1月に新刊『ビジホの朝メシを語れるほど食べてみた』(ユサブル)出版したからヨロシク! 去年出した『おとなの「ひとり休日」行動計画』(WAVE出版)、『突撃! 島酒場』(イカロス出版)、『何度行っても変わらない沖縄』(林檎プロモーション)、『狙われた島』(アルファベータブックス)全部ヨロシク!

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