ある兄弟の物語。

ふーっ、8月31日だねぇ。
このなんとも悲しい気持ちはなに?
この原稿の山はなに?
もうこの件に関して多くを語るのはやめよう。

世話になっている兄弟がいる。
東京の大田区蒲田というデンジャラスゾーンがしっくりと似合う、どこから見ても不良な2人だ。
 「おい、お前よお、こっち先やってくれ」
 「っるせえなあ、コッチだって立て込んでるんだよ」
と、どっちが兄貴だかまったくわからん言葉が飛び交う。
18歳のころから出入りした当時としてはまだ珍しかった
イタリアンレストランのオープンキッチン内。
忙しい店を切り盛りする兄弟2人が実に格好良かった。
そのカウンターに座り、サントリーホワイトのボトルで
見たことも聞いたこともない料理をつまみに酔っぱらう。
自分なりに背伸びしていたと思う。

「あきひろぉっ」と、2人とも俺のことをそう呼ぶ。
この“ぉっ”の余韻が不良っぽい。
2人とも兄貴のように付き合わせてもらった。
やがて店は面倒な権利問題に巻き込まれて解散した。
すごく寂しかった。
その後、兄貴の方は一流ホテルを転々とし、
ここ近年は京都のどでかいホテルのレストラン部門総シェフを務めていた。
弟の方は仲間と一緒に小さな店を切り盛りし、
俺が会社を始めた数ヶ月前に下北沢に自分の店をオープンさせた。
双方ともに俺を料理で泣かせたことがある、すごい料理人たちだ。

順調にいっていた2人にここ最近変化が起こった。
この不況もあるだろうが、兄貴は去年一杯でホテルをクビになった。
詳しい理由を聞けるほど図太くはないが、57歳であるのだから想像には難しくない。
東京に戻って働き先をさがしていると聞いたのが3月頃だった。
弟の方から電話が鳴ったのはつい先日のことだ。
 「あきひろぉっ、店たたむことにしたよ」
 「えーっ」
9月の10日までの営業で店を閉め、雇われシェフになるという。
ここ近年、経営は苦しいと聞いていた。
そりゃぁそうだよ、280円で牛丼が食える時代に、
激戦地の下北沢で1,000円以上するひと皿を出し続けているのだから。
味はもちろんいい。が、時代は残酷なほど変化していて、
同じような価格帯でのバリエーションはすごく増え、選択する側にとっては
ここで食う予算があればパラダイスである(腹いっぱい食って、ワイン呑んで5〜7千円)。
また、予算を捻出する気になれないほど安い店が増えた。

もっと言えば、外食が好きな年代というか、そういうことを趣味にできるような連中は、
この不景気で外食しづらくなっているのではないか。
こんな感じ。
 外食好き
  ↓
 アクティブ
  ↓
 仕事ができる
  ↓
 不況下でがんばらなくちゃ
  ↓
 外食どころじゃない。
飲食店にとってあらゆる意味で厳しい時代が続いている。
「家族もいるから安定した収入が欲しい」とも言っていた。

ちょっとガッカリしていると、今度は兄貴の方から電話が鳴った。
「店を出すことにした」とのこと。
先日、オープン予定地のそばに行くことがあり、陣中見舞いに寄った。
タオルを被った大工さんが暑い中、汗を流してがんばっている…、ってマスター(ニックネーム)だった。
「おう、よく来たな。まあ入れよ」
大工さんも2人働いているが、どう見ても頭領はマスターだ。
ものすごく似合っていて、ホテルで長い帽子を被ってさっそうと歩いていたのとは別人のようだ。
でもね、男としてはあこがれるよ。
「この椅子よお、俺がつくったんだよ。できるだけ安くあげたいからな」
安くだけじゃないよ、この人。
あきらかにオープンを楽しんでいる。
奥さんと2人でさまざまな作業を続けているのだった。
57歳にしてこのパワーは見習いたいね。

2人ともにオープンは9月中旬ながら、内容はずいぶんと異なる。
だが俺としては、世話になった兄貴分たちの再出発を精一杯応援したい。

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