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宮城県の復興サニーレタス。

2011 年 10 月 31 日 プロデューサー コメント

東日本大震災からの復興レポートと、現地で様々なカタチでがんばっているタメ年男のインタビューで構成するページを連載している。隔月発行に合わせて、2ヶ月に一度の取材に出かけていて、これまで3回掲載してきた。今回は10月19、20日の2日間を使い、宮城県を回ってきた。次号でもちろんページを作っているが、今日はその取材後記とすればいいだろうか、どうしてもバランスの上で使えなかった部分を紹介させてもらう。

 

専業農家の相沢さんと出会ったのは、この連載2回目の6月のことだった。報道で耳にした覚えがあるかもしれない、津波の被害が甚大だったエリアのひとつ若林地区で、一台のトラクターが動いていたのである。この表現、少々おかしく感じるかもしれないが、発見した自分にとってはこの印象である。想像してほしい…、何もかもが破壊されている広大な土地には、トラックがたまに行き交っているだけで、ホントに手の付けられないような完全に破壊された土地が眼前にあった。人間の営みなどなにも感じることができない。心をズタズタにしながらその光景を飲み込みながら進んで行くと、トラクターが動いていたのである。

 

被災して大変な方の気持ちの中へズケズケ入って行くことに、自分自身が強い抵抗を感じながらも、ページをつくり読者の皆さんに届けることで、ホンの少しでもいい方に向かえばいいのだと言い聞かせて近づいて行った。すぐそこというところまで行くと、トラクターが止まった。怒鳴られるかもしれない。覚悟してなお近づいて行くと、相沢さんがトラクターから降りた。「震災の取材で回っている者です。話を聞かせていただけませんか」。この瞬間から相沢さんとの付き合いが始まった。付き合いといっても、このときを経て前回取材の8月、そして今回と3度の面会である。だが、へこたれないということが、どれほどすばらしいことかと教わり、くよくよせずに笑い飛ばすことが、いかに人生をいい方へ導くかを知った。

 

前回の取材では、畑の塩分含有量が収穫できるか否かのギリギリまで含まれている上、農業用水も塩害にやられているとの検査結果を突きつけられた場面に、結果的に立ち会ってしまった。それまで見たことのない深刻な表情の相沢さんを見るのがつらかった。でも「なんさかなるさ」と笑顔を見せるのだった。そして今回、畑いっぱいに実ったサニーレタスとグリーンカールが僕たちを迎えてくれた。うれしい。こんなにうれしいことはそうそうない。農業地だったこのエリアで、いまだ農作業をしている人など1人もいない。だだっ広い荒野に、ここだけ野菜が実っていたのだ。

 

誌面スペースには限りがある。相沢さんのくだりには書かなければならないことがたくさんあるから、優先順序を付けて行くと、僕の気持ちの動きなどカットせざるを得ない。写真も同様、どうしても使いたいが残念ながらボツにした写真がある。相沢さんの笑顔に惚れ込んでいる僕が、クッキリハッキリと出てしまった、自分としてはちょっと恥ずかしい写真だが使いたいと散々悩んだ。だが決定的なのは、前号で使った写真と雰囲気が似ていることと、今回の誌面では実った野菜をしっかりと見せたい。すると自然とボツになってしまったのだ。しかし、本誌の発行前にこうして掲載できるメディアがあるのは、ありがたいことである。11/11発売となる次号では、復興サニーレタスの写真を掲載している。こちらもお楽しみに。

 

 

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