取材後記。

2010 年 11 月 26 日 プロデューサー コメント

さあさあ、次号の発売まであと15日だぞ。もう直前、まさに追い込みのスリリングな日々だ。
またもやつくってしまうだね、最高傑作を。
今回もまた、ずいぶんとつくりを変えているから読者の方々は戸惑うかもしれないけれど
でもね、まだまだたくさんの挑戦をしたい『昭和40年男』なのだ。
つうことで(なにが?)、次号の発売に向けて編集後記ならぬ取材後記をお届けしよう。
ああ、そんな裏側があったのねって親近感を持っていただければうれしい。

 

今回の巻頭インタビューに登場していただくのはモックンこと本木雅弘さんだ。
おっと、モックンなんてそんな過去の話をまだ引きずっているのか〜い?
愛し合ってるか〜い? すみません。
今や大物俳優の域に入っている本木雅弘さんが、今回の巻頭を飾ってくれることになった。
以下、副編小笠原とのやりとり。
 「坂の上の雲のプロモーションでモックンがテレビでしゃべっていたぞ。
 うまく申し込めばインタビューいけるんじゃないか?」
 (だからさあ、モックンヤメろって思うのですが、事実現場としてはこうでした)
 「うーん、申し込んでみます」
待つこと10日ほど。
 「やりました! モックン決まりましたよ」
 「おお、やったな」
 「スタッフィングはどうしましょう?」
 「うーん」
しばし考察する僕だ。やりたい。
が、それはそのまま現場への迷惑につながることになるのは目に見えている。
単純に考えて、大きな時間が投入されることになるからだ。
彼のファンならいざ知らず、残念ながらどんな芸能生活を送ってきたかを僕はほとんど知らない。
映画通でもないので、名作と呼ばれる『おくりびと』さえ見ていないという、情けない状況である。
仕込みに相当な時間がかかり、インタビュー当日は半日、
そのインタビューを録音したテープを文字に起こす時間と記事にまとめあげる時間などなど計算すると、
その時点で抱えている仕事量を考えるとパンクなのである。
その時点とは…、10月の中旬である。
年内の大まかなスケジュールはほぼ決まっていて、
当然ながらイレギュラーをつねに想定しなければならないのも経営という仕事柄宿命である。

 

そもそも僕が編集の現場にいるということ自体が相当クレイジーなことであり、
それに関して周囲に迷惑をかけっぱなしであり、
でもやっぱり大きな幸せであるからせめてバランスを考えているつもりだ。
周囲に迷惑をかけまくってはいるが、実際にそれを被っている人間がどう申すかは抜きにして、
自分の基準でキチンと線引きはしているつもりである。
このインタビュー取材をやりたいという気持を通すためには、自分の中でなんらかの落としまえをつけなければならない。
そんな葛藤を経て「よし、やるぞ」と返事したのは、同時に海外出張を一本キャンセルした瞬間だった。
取捨選択というのはそのまま自分を形づくっていくことである。
このインタビューによって自分が、本が、そして経営者でいる以上会社が、
それによって大げさなようだが社員さんたちまでもが関わってくる上での判断をつねにしなくてはならない。
だから“やりたい”などという興味レベルで仕事を組めない窮屈さがある。
編集担当たちを見ていると、いつもうらやましいなと思ってしまうのはそこだ。
と、ちょっと愚痴っぽいが仕事に関しての常々行なっている葛藤が如実に出た瞬間を乗り越えて、
本木雅弘さんのインタビューを担当することになったのだ。

 

『坂の上の雲』と『おくりびと』は最低でも見たい。
インタビューは相手を知ることから始まる。
知らなくても取材はできるし文章も書ける。
相手だって大人だから、テーマに沿ったことを聞けばキチンと答えてくれる。
だが、そこに深みを加えたい。それはそのまま時間への投資となるのだ。
もしも、彼の全作品を見てからのぞめればそれにこしたことはない。
だが、その時間を費やすということはそのまま仕事全体の質を下げることはいうまでもない。
俺たちはプロなのである。
同業者が「富士山を撮るならアマチュアの方がいい写真が撮れる」と言っていた。
刻々と表情を変化させるあの山を撮るには、そこにずっとへばりつく、
極端に言えば365日そこにいる時間を持っていることが、もっともいい写真が撮れる要素となるからだ。
限られた時間の中で勝負するからプロなんだよ…と言い訳しながら
『坂の上の雲』と『おくりびと』を見ることにした。

 

続くよーん

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