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春が来れば思い出す。

2014 年 3 月 31 日 プロデューサー コメント

写真 5-1昼休みに会社そばの増上寺へ出かけたら、桜が満開だった。開花から満開までがこれほど短いのは記憶に無い。先日もここで愚痴ったが、少しずつ春が近づいてくるのを楽しみながら桜を眺めるのは大いなる楽しみなのに、チョッピリ残念な春である。

 

 

東京はご覧のとおりの晴天で気温も高く春本番となった今日だが、年度末を迎えている企業が多いだろうから、それどころじゃないと目が回るほどの忙しさで働いているタメ年諸氏が多いことだろう。今年ももうすでに1/4を消化したことになる。年度末の仕事をキッチリとこなしたら、自分自身の今年のスタートダッシュを振り返るのにちょうどいい日だ。僕は今年も欲張って多くの目標を立てた。しかしすでに暗雲立ちこめているものがあるのは情けなく、明日から新学期(!?)だからキチンと立て直そうと思う。

3月の末は父親の命日で、悲しみとともに腹立たしい記憶がセットになっている。きっとみなさんも記憶しているだろう、現役の警察庁長官が狙撃された事件があった。事件そのものが驚愕で腹立たしさがあるが、僕にはちょっと違う部分でも深く記憶に刻まれた。

 

 

僕の父親が倒れたのは29日の夜で、翌未明にあっさりと息を引き取ってしまったのだ。この日のほんの少し前のお彼岸に、一緒にご先祖様の墓参りに行ったばかりだった。闘病中だったというわけでなく、年齢もまだ62歳になったばかりで、まったく思いがけないことだった。自営業で健康診断の類いは受けておらず、僕もしっかりと受け継いだ酒好きゆえ肝臓が悪かったそうで、静脈瘤の破裂だった。救急車の中で心肺停止状態に陥り、日医大付属病院の救急救命センターで蘇生処置を受け一時心臓は動いたが、家族との別れを演出するためだけの脈だったかのように、数時間で完全に息を引きとった。

 

僕は家族に父親を託して始発で会社に戻り、いくつかの仕事を処理してまた病院へと戻った。この間に国松長官が撃たれ、同じ救急救命センターに運び込まれていたのだ。周囲を多くの記者が取り囲んでいた。気にすることもなく正面から入って行こうとする僕は2人の記者につかまり、国松長官の関係者かとたずねられた。なんのことだかさっぱりわからず、そして僕は深い悲しみのなかにいたから、この記者たちに対して強い怒りを感じながら振り切った。国松長官が撃たれたことを知らないから、なおさら記者たちの行動に憤慨した。

 

 

平成7年3月のことで、もう19年も前のことなのにハッキリと映像が思い浮かぶ。満開となった桜を眺めながら、悲しみの春を思い起こしていた。

 

 

   

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