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沢田研二 vs 萩原健一。3番勝負解説!!

2013 年 4 月 6 日 プロデューサー コメント

このブログと本誌の連動企画『3番勝負』の『和製ロック対決』について、出題者の僕の解説&私見を述べさせていただこう。昨日のキャロル VS ダウン・タウン・ブギウギ・バンドに続いて、今日は沢田研二さんと萩原健一さんの対決だ。

沢田研二 勝手にしやがれ昭和40年男にとってのスーパーアイドル、沢田研二さんにハマったキッカケがタイガースという昭和40年男はほとんどいないだろう。それもそのはず、昭和42年に19歳の若さでデビューして昭和46年に解散してしまったのだから。昨日も少し触れた、ジャパンロックの本格的な創成期へと繋げたのはキャロルが一役買っていて、その直前にはグループサウンズの大ブームがあった。その全盛期を背負い大活躍したタイガースで、ジュリーはすでにスーパーアイドルの地位を確立していた。解散後は、やはりグループサウンズの一時代を築いたスパイダースとザ・テンプターズ、そしてタイガースからのオールスターバンドPYGに参加した。グループサウンズのブームを作った連中が組んで、本格的なロックに取り組んだことになる。あまり広く知られた存在ではないかもしれないが、この対決となったジュリーとショーケンの2人がツインボーカルという、まさにオールスター。看板ボーカル2人が抜けた後のメンバーたちは井上堯之バンドとして活動を続け、ご存知『太陽にほえろ!』のテーマ曲などが世に放たれる。ロック創成期の大騒ぎを演じたバンドの1つだ。

沢田研二 tokio昭和40年男がジュリーをリアルタイムで追い始めるのは、ソロ活動からだろう。PYGの活動と並行して始まり、昭和40年男に共通して記憶に残る大ヒット曲『危険な2人』は昭和48年にリリースされた。翌年には「おうおうおう、にーな」の『追憶』のヒットへと続く。スター街道をひた走るジュリーがついにレコード大賞を射止める名曲『勝手にしやがれ』をリリースしたのは昭和52年で、小学6年生だった。おそらくすべての昭和40年男が口ずさめる曲の1つだろう。この翌年に『ザ・ベストテン』の放送が始まり、ジュリーはビジュアルに力が入っていき、1曲ごとに練り上げられたパフォーマンスも俺たちを夢中にさせた。この大きな変革期を昭和40年男はリアルタイムで楽しんだのだった。

一方の萩原健一は役者としての顔の方が、昭和40年男にとってはなじみ深いかもしれない。PYGと並行して始まった役者生活に一時は専念してしまう。だが、昭和50年に初のソロアルバムをリリースして、個性的な歌声とロック魂を披露した。ライブ活動では、柳ジョージ&レイニーウットをバックバンドに従えて骨太で本格的なサウンドを武器にして、ジュリーとは異なる世界観を見せてくれた。

萩原健一 大阪で生まれた女僕が始めにノックアウトされたのは、BOROのヒットで知られる『大阪で生まれた女』だった。BOROの歌唱も衝撃的だったが、それをこんな風に歌うスゲー人がいるんだ(発表はショーケンの方が先立ったが)と驚喜した。加えてスタンダードナンバーの『ラストダンスは私』にもぶっ飛ばされた。越路吹雪さんのバージョンからのカバーで、こういうセンスってロックっぽいなと感激した。余談ながら、ショーケンのインタビューで越路吹雪さんの歌が好きだと知り、ならばとアルバムを買ってやはり深くハマってしまった。PYGの存在はまったく知らなかったし、テンプターズでの活躍は小学生の低学年だったから、この2曲がキチンと聴いた初体験だ。

 

 

萩原健一 大阪で生まれた女この出会いの後も、素晴らしい作品の数々に酔った。高校時代にもっともハマった日本人シンガーの1人で、当時の僕にとっては清志郎さんと双璧だった。『ぐでんぐでん』や『ハロー・マイ・ジェラシー』『シャララ』『ローリング・オン・ザ・ロード』などの名曲の数々に泣き、PYGの名曲『自由に歩いて愛して』をライブでは武器にしていて、どうやったらこんなスゴイ歌とサウンドが生まれるんだと何度聴いても、そして今でも胸が熱くなる。もしも『日本の名曲100』を僕が監修することになったら、昨日のダウン・タウン・ブギウギ・バンドの『身も心』と同様、必ずラインナップさせるだろう。しかも、ショーケンのライブバージョンでだ。

 

さあ、この対決はどっちに軍配を上げる?

 

 

  1. avatar
    ぬこ
    2013年 4月 17日 02:56 | #1

    コメント募集というので、コメントしてみました。

    沢田研二は、そりゃスーパースターでしたが、なんか化粧してるしー、田中裕子さんと不倫騒動あったしー、
    と敬遠していましたが、たまたまつべを見て、まったく古さを感じさせない姿に
    いちまーい、いちまーい、またいちまーい、CDを購入し、サウンドと声を聴き重ねるごとに
    ゜あれ? もしかして、アイドルくくりだったけど、実はものすごい歌手でないの?」と思い到りました。

    いまは、歌謡界のどまんなかにいながら、洋楽テイストのサウンドを啓蒙してきたジュリーに
    「ささっ、ざぶとんどうです。ライブ? 音楽劇? あなたさまがなされることなら、もちろん参戦させていただきます」
    こんな状態です。

    ショーケンは…残念です。残念の基準は難しいですが、
    自分的にはおクスリやおんな関係なんて過去のことなんで無問題。
    ただ、年間、正月ライブ、音楽劇、6月からの全国ツァーと、びっしりつまったスケジュールをもくもくとこなしていく
    ジュリーに対して、
    互いにライバルであると認め合っていたショーケンの活動が少ないのがかなしい。

    今年はライブをするようですが、「本数が少ないじゃん! 小さいハコでも最低30本」
    とかいうのはむりな注文なのかなー~。でもこれを契機にお願いしたい。
    したら、かっこいいショーケンの姿を見てジュリーもやせてくれるかも…。

    メンバーの1人は鬼籍に入られましたが、いつかPYGの再結成があることを祈っています。