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オールナイターズ vs おニャン子クラブ。

2012 年 11 月 30 日 プロデューサー コメント

本誌とブログの連動企画で、昭和40年男が熱くなったライバル対決を『3番勝負』と称して展開している。先日、これの第1ラウンドの解説をさせていただき、今日はその続きとなる第2ラウンドにいってみよう。

オールナイトフジは画期的な番組だった。ラジオの深夜放送をそのままテレビ化したようなノリは、高校3年になったばかりの僕らに次々と刺激を与えてくれた。ちょっとエッチな感じのするオールナイターズによって、女子大生に対して強い憧れを抱いた。オールナイターズだけでなく、とんねるずのノリや秋本奈緒美お姉様、鳥越マリお姉様らに親近感を感じさせた番組で、当時のフジテレビはやっぱり元気があったなとあらためて感心させられる。サブカル全盛の空気感をまとっていながら、過激な方向へとドンドン走り続ける番組に、得体の知れないパワーを感じながら眺めていた。記憶しているのは、デッド・オア・アライブが生出演して口パクだったこと(笑)。僕はまったく無関係なのに、波の高さと「オンシヨワ、オフショワ」とかって言ってたサーファー向けの天気予報がなぜか好きだったな。アチラコチラに時代の香りがプンプンした。体を張って見事に彩ったオールナイターズは、僕らの天使だったのだ。

おニャン子クラブ セーラー服を脱がさないで一方、おニャン子クラブの登場は昭和60年だった。秋元マジックが完全に世の中を支配し始めた記念すべき年と言っていいのではないか。成人を迎えた年であり、僕は大阪に住んでいてテレビがなかったから彼女たちを知らないままに、街角から『セーラー服を脱がさないで』と聴こえてきた。なんちゅう歌を女子高生に歌わせるのだと思ったが、数年前の高校時代を考えれば驚くことではないと納得したものだった。大阪から帰ってきて上野の居酒屋のバイトを復活させて、連れて行ってもらった社員旅行の宴会芸で、男どもがおニャコ子になりきって踊る中、なぜかパンストをかぶって決めゼリフの「あげない!!」を叫ぶ役を演じた。なんだかまったく意味不明だったが、たしか入賞した覚えがある。僕らにとっておニャン子グラブはあどけない妹的な存在であり、アイドルを次々に輩出したスーパーグループでもあった。

この頃からバブルの香りがしていく。そしてよくよく考えるとこの頃からサブカルの香りが抜けていったような気がする。すべてが表舞台に出そろっての大騒ぎを目指すようになったような。サブカルっぽいものはオタク文化と片付けられてしまったのだろうか、危険な香りが激減していく。ディスコも高級路線を走りアングラでなくなっていった。大阪のブルース勢がこぞってAORになっちまったり、トレンディであることを女の子から求められたりと、ほんの数年前に流れていたよどんだ空気が一掃された感じがする。そして、サブカルを一掃したのはおニャン子ブーム以降の秋元マジックも、強く関わっているような気がしてきた。もともとは、サブカルっぽいものの使い方が上手でオールナイトフジにも関わっていたが、メジャーこそ王道とどんどん洗練されていき時代の寵児へと羽ばたいていった。と、そう思いません?

さて、皆さんの今の気分はどっちだ。清き一票をお願いします。

  1. avatar
    SOMA
    2012年 12月 1日 00:05 | #1

    80年代は前半と後半では随分印象が違いますね。
    ぼくは前半のサブカル全盛期は、今までの人生の中でも
    ピークの頃だったので、女の子達にも「カワイイ」と言われていました。

    後半のバブル時代に入ると、時代にどんどんついて行けなくなってきて、
    「カワイイ」から「ダサイ」「暗い」と形容されることが多くなって、
    友達も出来にくかったですね。
    いつまでも昭和50年代の雰囲気を醸し出していたので。
    今でもそうですが・・・。(笑)

  2. avatar
    忍の後輩
    2012年 12月 2日 19:04 | #2

    オールナイトフジのサーフィン情報が番組最後のコーナーの為、待ち疲れたドジ井坂さんが酒が入って酔っていた記憶が・・。
    そしてアモーレの鐘、彫刻の森となって、日曜の朝が来るわけです。