喪失感の冬。

本マグロの旬は冬だ。大間の漁師たちのドキュメントや初セリのニュースなど、とかくマグロにまつわる話題が出回るのは季節ネタということでもある。そんな冬に楽しみなのが、ご覧の一皿だ。ちなみにこの日に出たのは、大間のマグロの赤身のすき身とトロっぽく見えるのは頭の部分だ。70歳を過ぎた男が、子供みたいな笑顔を浮かべて「今日のは大間の150キロ越えだよ」なんて出してくれる。ここでは白身からだとかとやかくうるさい事は言わない。お客さんを連れて行った時は、若干そうした儀式があるものの1人で行くとまずは僕の大好物のマグロを出してくれる。

 

と、そんな旬を何年親しんできた事だろう。僕が最も愛した寿司屋が、コロナで暖簾を下ろしたのはこのつぶやきでも書いた。以来、季節が巡るたびに「ああ、そろそろカワハギの季節だな」と思い出したり、やはり子供みたいな笑顔で「夏のカレイってのは、冬のヒラメと同等以上の時もあるんだよ」と出してくれた親父さんが心の中に蘇る。そしてやはり、王様のマグロの季節になると喪失感がより強く出てきた。

 

先日、そろそろ閉店から落ち着いたかなと電話を入れた。「なんとか片付きましたよ」と、20年以上赤坂の地で営業してきた男はさっぱりとした口調で言った。「近々、おかみさんと一緒に食事でも行きましょう」と告げるとぜひと答えてくれた。楽しみである。ありったけの感謝を込めて、20歳以上年上の親父さんに甘えてやろうと思っている。

 

飲食いじめは続いている。これからも続く。借金で繋いでいる店は多く、当然ながらいずれ返済の日がやってくる。その時にお客が戻ってくればいいが、そうでなければ今よりもっとひどい苦境がやってくる。親父さんはそれを見越して店をたたんでしまったのかもしれない。高齢だったからきっかけになったというのもあるだろう。もしかしたらいい判断だっのかもしれないと思えるほど、飲食店への逆風は吹きすさんでいる。なんにも手を出せない自分の無力がつらい。

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