「最低でも100歳まで生きる」の巻

今日のタイトルの言葉は、先日実家に電話した際の、編集部・まつざきの母のセリフです。私の知る限りでは、入院するような大病をしたことはなく、寝込んだというような話もあまり聞いたことがないので極めて身体は丈夫な母ですが、今年の春先に「一過性全健忘」で、周囲をパニック状態に陥れてくれました(笑)。今となっては笑い話になっていますが、あの時は本当にうろたえました。まれに後遺症が残ると言われる一過性全健忘ですが、予後もこれといって問題はなく、発症前となんら変わらず元気に暮らしていることを証明するかのようなこのひと言です。

以前から、事あるごとに「100歳までは生きたい」とは言っていたので、周りの人間も、「この人は本当に100歳まで生きるだろうな」という気になってくるから不思議です。今は人生100年と言われていますから、特別驚くことでもないのかもしれませんが、その「100歳まで生きる」という言葉はなんというか、ささやかな願望が込められているといったような、まぁふんわりとした感じだったのです。ところが、つい先週電話した時の言葉が「最低でも100歳まで生きる」宣言!だったのです。「最低でも」ですよ…では実際いくつまで生きようとしているのかと思わずツッコミを入れたくなりましたが、80歳にしてこの人生前向きな感じがうらやましいというか、見習いたいというか、都会の片隅で鬱々と暮らしている現状が、極めて不健康に思えるようなひと言を思いがけず浴びせかけられたのでした。

 

その元気の素はなんなの? 私にも少し振りかけてほしいわ!と思ったら、なんてことない孫のひと言なんだそうで、現在小学2年生の孫(私からみれば甥っ子)から「おばあちゃん長生きしてね!」と言われたことが、「最低でも100歳~」の源なんだとか。やはり言葉のパワーというのは大きいものなんですね。かくいう私も、そう言う母の言葉に刺激をもらって、あらためて「ピンピンころり」(笑)を目指すつもりですから、言葉のパワー連鎖というのでしょうか、誰かが元気だと周りも元気になれる、言葉に出せば伝わるというのを実感している今日この頃です。「言霊」…言葉には魂があって、言葉にすることでそれを叶える力があると言われています。「最低でも100歳~」という母の言葉には自身の無限の欲望と可能性が詰まっているのかもしれません。「自分で限界をつくらない」、アスリートなどがよく口にする言葉ですが、まさにいくつになっても生きることに「限界設定」はなしです!

趣味も特技もなし! でも元気

うちの母はもともとスポーツはどちらかと言うと苦手な方で、散歩に行く以外に特別な運動をしているわけでもないようですし、これといった趣味らしい趣味もないみたいです。それでも心がけているのは、食が細い方なのでなるべくがんばって肉も魚も野菜も食べるようにしているということ。以前、「身体は自分が食べたものでできているんだよ。肉も食べなくちゃ」と言った私の言葉を大切にしてくれているようです。これも何気ない会話ですが、些細なことだけどちゃんと届いているとわかるとうれしいものです。誰かのひと言が、知らず知らずのうちに誰かを元気にしているのかもしれないのです。そんなにがんばらなくても前向きな気持ちで80年間元気に生きてきた母を手本にしてみようか? そう思うと老後ためのヒントが少し見えてきたような気がします。人生100年!100歳は当たり前!健康で100歳を迎えるために今できることを少しずつやっておこう…。「最低でも100歳まで生きる」という言葉をいつか自分の言葉にできるように!

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