禁断症状に苦しむおっさん。

いきなり脱線ゲームから。昨日このつぶやきで、国会召集について苦言を申し上げたが、党幹部によると10月末召集なんて報道にふれた。正気かっ!! と絶句だ。僕ごときが竹槍を持って声をあげても、ほぼなんの力にもならないことはわかっている。が、僕が常々怖いと思うのは、無力だからと何も発せず思考停止ならぬ “思考放棄” になってしまうことだ。無力でもいい。思考を張り巡らせて、ちっぽけなコミュニティでいいから仲間と共有することが肝要だと常々自分に言い聞かせている。会社のネガティブや上司の悪口は楽しかろうが、そんなことばかり議論していると村社会のことしか見えなくなり、思考しているふりをした思考放棄者になっちまう。もちろん、自分の周囲の是々非々も重要であるから議論はすべきだ。言いたいのは、それだけが話題だったら、やはり昨日申し上げた仲間と呼ぶには程遠いということだ。自分たちの身の回りも大切、加えて大きく俯瞰して人間社会を議論することも大切だ。そして後者が思考を育ててくれる。と、すんません。いきなりの熱弁になっちまいました。

 

本題じゃ。暮らしが激しい地殻変動を起こしている中で、みなさんそれぞれ禁断症状を抱えていることだろう。居酒屋でパーっとやりたい。大人数でカラオケに行きたいなんて日常の中にあったことから、エンタメやスポーツイベントなどの非日常を楽しんでいたものまで、そのほとんどが奪われてしまったのだからツライ。個人的には昨日もつぶやいた、秘密基地ロスに苦しんでいてもうほぼ限界を迎えている状態だ。

 

そんな僕に追い打ちをかける事件が、約1ヶ月前に起こった。わが街が誇る貿易センタービルで、堂々の床面積で営業していた書店「文教堂」さんが閉店した。浜松町にオフィスがある僕にとっては、本当に大事件だ。

 

この街に引っ越して来たのは2007年のこと。以来、貿易センタービルを愛し、そこにある文教堂さんは暮らしの一部となっていた。年内の仕事のゴールが見えてきた年の瀬に、ここに来て正月用の雑誌をじっくりと選んでいる時間の至福ったらない。お盆休みやゴールデンウィークなども、ガラガラのここで1時間ほどこもって雑誌&本選びをすることが多かった。こうしたどちらかといえばプライベートな利用があれば、仕事がら定点観測が絶対に必要な僕で、週に2回は必ず来ていた書店だ。ということは、年に100回以上の定点観測と土日祝日にやるじっくりの本選びを足せば、少なくとも年間110回は来ていた。ぎゃー、するってえとこの街に来てから1,500回前後もお世話になっていたことになる。

 

おそらくコロナの影響だけでなく、先日つぶやいたこのビル自体の解体も関係しているだろう。そしてきっと、きっと間もなく開業となる貿易センタービル南館に入居予定のはずだと信じている。いや、祈っている。現在、僕の街には書店がない。これが恐ろしい禁断症状になっているのだ、助けてくれーっ!!

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