テクノブーム到来! 昭和54年・第30回「NHK紅白歌合戦」と共に当時のヒット曲を振り返る!

国民的歌番組、「NHK紅白歌合戦」(以下、紅白)は、今年令和元年の大晦日の70回目という節目を迎えます。近年ではかつてのような視聴率を獲得できず、人気が低迷していると言われていますが、昭和40年男世代の幼少期~青年期は、ほとんどの国民がテレビにくぎづけになったほど! そんな紅白の出場リストから、その年のヒット曲や話題の歌手を振り返ってみましょう。第9回目は、山口百恵と美空ひばり(特別出演)にとって最後の出場となった、昭和54年・第30回大会です。

サザン、さだまさし、ゴダイゴが初出場

70年代最後の年となる昭和54年は、演歌、ポップス、ニューミュージックなど、いわゆる百花繚乱の年でした。贅沢なカオスの様相を呈していたと言ってもいいようなこの年は、紅白初出場組の顔ぶれにもその一年がよく表れていました。まずは、前年に『勝手にシンドバッド』で衝撃のデビューを飾ったサザンオールスターズが、3rdシングルでは一転、バラードの『いとしのエリー』が大ヒット!73年に男性デュオ・グレープでデビュー、76年の解散後にソロ活動を開始したさだまさしが、通算14thシングル『関白宣言』で初出場を果たした年でした。5分以上もあるとても長い曲を、フルコーラス歌えるのか?ということも話題になりましたね。そして、前年にドラマ『西遊記』(日本テレビ系)のテーマ曲『ガンダーラ』と『モンキー・マジック』がヒットするも、ご存じのとおり、強力なライバル勢が多かった「昭和53年」は紅白出場が叶わなかったゴダイゴが、「みんなのうた」でも放送された『ビューティフル・ネーム』で初出場。3組それぞれが、心なごませる名曲を披露しました。

かつてのアイドルも大人の歌手に成長

前年の新人賞を獲得している、紅組トップバッターの石野真子は、両組通じて唯一の典型的な初出場アイドルといえる存在でした。新御三家や、すでに20歳を過ぎていたかつての「花のトリオ」たちも、アイドルから大人の歌手になりつつあり、「かわいこちゃん」と呼ぶのは申し訳ない本格派へと成長、翌年三浦友和と結婚して引退することになる山口百恵にとっては、最後の紅白出場となったのでした。そんななか、大人の女性の魅力といえば、『魅せられて』で日本レコード大賞を受賞した、ジュディ・オングが初出場組のなかでも、飛びぬけた華やかさを放っていたと言えるでしょう。女優としても長いキャリアをもつ彼女が魅せるパフォーマンスは、初出場とは思えない貫禄! 「レースのカーテン」のような衣装は、長い棒を取り付けたその袖の長さも大いに話題になりました。

演歌勢も負けていません!

ニューミュージック系が台頭するなか、演歌勢も負けていませんでした。なんといっても、64年デビューの小林幸子が、苦節15年で『おもいで酒』が200万枚の大ヒットを飛ばし初出場を果たしたのは、感動的でした。75年のデビュー当時「民謡界の百恵ちゃん」と言われた金沢明子の『津軽じょんがら節』も、当時の民謡ブームに乗っての登場。異色ムードが新鮮な初出場でした。『花街の母』の金田たつえ、『夢追い酒』の渥美二郎もこの年のヒット曲を引っ提げての初出場と、演歌勢の健在を十分アピールしていました。そしてトリは、紅組・八代亜紀、白組・五木ひろしのレコ大ノミネート常連の二人です。前年は、紅白史上初のポップス系トリ対決となりましたが、本年以降は、再び演歌対決に戻ることとなりました。

そして、紅白とは無縁でしたが、この年の音楽シーンで今も語り継がれるのがYMOブームです。1stシングル『テクノポリス』が発売されて大ヒット、ボコーダーボイスと独特のピコピコサウンドが、全く新しい音楽の世界の扉を開いたと言っても過言ではないでしょう。今聴いてもカッコいい彼らのサウンドは、当時を知らない人にもぜひ聴いてほしいです! 本当にさまざまなジャンルの音楽が入り乱れていた79年は80年代に繋がっていく新しい音楽が誕生した年でした。

※当時のレコードジャケットなどは、「昭和40年男」6月号増刊「俺たちの胸に刺さった昭和ソング」P22~23に掲載されていますので、あわせてご覧下さい。(「昭和40年男」編集部・まつざき)

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