クイーンとお別れした1枚。

中1の冬に、発売されたばかりのクイーンのアルバム『ジャズ』を買った。生まれて初めてと言ったら少々大げさだが、自分の金で買ったアルバムだった。以降、それ以前のアルバムも買い揃えていき、それまで頑なにシンセサイザーを使っていなかった彼らが、ついにシンセに手を出した『ザ・ゲーム』は発売日に買った。正直、これだったらシンセを使わなくていいじゃんという感想だった。当時も今もあまり好きでないアルバムだ。

 

続くアルバムは映画のサウンドトラックで写真の『フラッシュ・ゴードン』だった。新品で買ったことを後悔するほど見事に映画音楽だった。何度も聴くと好きになっていくという経験もこのアルバムには通用せず、感心する部分がいくつか見当たるもののおそらく僕のライブラリーの中で、最も針を落とした回数の少ない作品だろう。そして、このアルバムを最後に約3年に渡って愛してきたクイーンからしばし離れることになった。

 

クイーンからウソのように手を引いてしまったのは、エアロスミスがきっかけだった。少し黒っぽくてブルースのエッセンスがあって危険な香りがする。フレディとブライアンこそが史上最強と思っていたのに、スティーブン・タイラーとジョー・ペリーこそが僕の目指す世界だと完全に取って変わった。それからは、センスのいい仲間から渡される音楽に次々とハマっていった。ヘンドリックス、ストーンズ、ブルース・スプリングスティーン、ボブ・ディラン、ザ・バンド、フェイセスなどなどを聴いていると、クイーンに熱を上げていた自分が不思議に思えた。やがてエアロスミスもハードでポップすぎると距離ができてしまい、僕はR&Bとブルースに取り憑かれてしまった。まだ10代たってのに、最高のシンガーはライトニン・ホプキンスとオーティス・レディングと胸を張るようになって、これは今も変わらない。ただ、当時のクイーンに対するアレルギーにも似た感覚はなくなり、フレディの遺作となった『イニュエンドウ』を購入した。

 

あの頃の極端な思考の変化と、それに伴って好みでなくなった音楽を否定する気持ちは、今考えると稚拙ながらよかったと思っている。次のステージを愛するためには自分の中で落とし前をつけなければならず、僕が当時クイーンに使った言葉は華美で大げさだった。その評価は今も変わらないが、愛せるようになった。これを、大人になったというのだな。と、『ボヘミアン・ラプソディ』をまだ観に行けていないなと引っ張り出したアナログ盤から蘇った10代の僕だ。

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