この乱世こそ、松陰先生!!

少し以前のことになるが、世田谷区にある松陰神社に出かけてきた。大ファンである。きら星のごとくいる幕末を駆け抜けた男たちの目に、今の日本、そして世界はどう映るのだろうか。日本の未来のために、命を賭して日本人同士が戦い多くが散っていった。そんな幕末史が好きだという同世代諸氏が多いのは、坂本龍馬というビッグスターがきっかけになっているという方が多いのではあるまいか。龍馬に関してはガキの頃よりすり込まれた俺たちだ。まずは 星 一徹 により「死ぬ時はたとえドブの中でも前のめりに死にたい」との龍馬のセリフをぶっ込まれた。史実にはない言葉ながら、さすが梶原一騎さんの本には説得力がある。そしてしばしを経て、金八先生によってその名を聞いたときに、幼き日の 星 一徹 の言葉とリンクさせた。てな、同世代諸氏ではあるまいか。

 

金八先生の主題歌「贈る言葉」での一節「信じられぬと嘆くよりも、人を信じて傷つくほうがいい」に強く感動した。金八先生の好演もあり、武田鉄矢さん本人に強く惹かれていき著書を読んだ。その中で、読むべき本が司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』とジョージ秋山さんの『浮浪雲』としていた。中坊だった僕は、『竜馬がゆく』の文庫本を買い読み始めたが、この時に読了することはできなかった。がやがて、再度チャレンジしてすっかり龍馬に惚れ込んだのだった。こうなると男の子だもの、掘りたくなる。ラッキーなことにバイク雑誌の編集長を務めているものだから、雑誌の企画と称して幕末志士の縁とゆかりのあるところに出かけることができる。そうして知識を深めていき、今日の時点で幕末英傑を5人選べと言われたらさてどうしようか。勝 海舟、高杉晋作、大久保利通、西郷隆盛、そして断然僕のアイドルが吉田松陰だな。

 

松蔭先生はたくさんの言葉を残した。それは今も萩市で脈々と生きている。取材に行ったのはもう10数年前のことだが、山口県萩市にある明倫館小学校では毎日松蔭の言葉を反芻するから、いじめは皆無なんだとここの教師が胸を張っていた。一学期ごとにひとつずつを毎朝クラスで声に出しているそうで、卒業までに松蔭の18の言葉を胸に刻み込む。この教育が今も続いていることは、同校のサイトで確認できうれしくなった。時代の変化にそぐわない言葉もあるから、廃止なんてことになっているのではと若干不安だったからだ。

 

さてさて、世田谷の松陰神社だ。熱烈なる松蔭先生ファンなのに、なんでこれまで出かけなかったのだろう。ものすごく感動した。何度も何度も「松蔭先生」と声に出している自分がいた。先生を近くに感じて涙を流している自分がいた。そして決意を新たにした自分がいたのだった。このお守りを手に入れて、机でいつも僕の原稿を見守ってもらっている。勝の字は直筆とのことだから、ありがたく握りしめては勝利に向けて原稿に取りかかる。ぜひ訪れてみてほしい。松蔭先生らしく、ひっそりとたたずむような神社で、きっと心に清々しさを感じるはずだ。パワースポットなんて陳腐な言い方は失礼である。

 

好きな言葉はいくつもあるが、今日はこれを選ばせていただく。

小人が恥じるのは自分の外面である、君子が恥じるのは自分の内面である。
人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。
死生は度外に置くべし。
世人がどう是非を論じようと、迷う必要は無い。
武士の心懐は、いかに逆境に遭おうとも、爽快でなければならぬ。
心懐爽快ならば人間やつれることはない。

ああ、ありがたや。
 

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