雑誌の未来。

2012 年 1 月 31 日 プロデューサー コメント

数日前にさかのぼる。電子書籍を除いた書籍と雑誌の、2011年の販売額が約1.8兆円と、今年も“紙”の本は後退して、右肩下がりにブレーキがかからない状況が続いていると報じられていた。書籍はほぼ前年並みとのことだが、雑誌の落ち込みが大きく27年ぶりに1兆円を割り込む6.6%減は、過去最大の落ち込みだそうだ。いくつか見かけた記事によると、スマートフォンなどのデジタル環境の充実や、若者の雑誌離れだとつついていた。

 

参考までに並べて見ると、映画の興行収入は前年比17.9%減となる1,822億円。音楽CDの売り上げも減少傾向に歯止めがかからす、6%減の2,085億円となっている。減少分を配信が補っているのかというとそうではなく、9月までの売り上げで15%減だと報じられていた。ここでの分析では、スマートフォンなどで、音楽を聴くよりゲームやネットに時間を取られたとされていた。もちろん違法コピーの横行も含めてだ。うーむ、デジタルの敵もデジタルなのだ。

 

こうして数字だけを並べてみるとどこも大変そうだが、雑誌業界はよくこれだけの市場規模があるものだと取れなくない。10年前くらいから、ネットの普及で紙はなくなるというキャッチコピーを付けた紙の記事を(笑)よく見かけたものだ。かなり刺激的な数字予測が舞い踊っていた記憶があるが、それらよりも減少カーブは緩やかである。

 

スマートフォンの出現やタブレットPC、電子書籍などが登場するたびに、また各々が進化するたびに刺激的な言葉がばらまかれるが、なんだか刺激の強い記事をつくることだけに腐心しているように感じてならない。実際マーケットはそこまでの激変は見せていない。緩やかに落ちていく傾向にあるのは否めないが、去年の震災での需要減を考えると、実際には2%減程度のレベルだったのではないだろうか。震災直後に入ってきた情報では、雑誌はしばらく10%以上落ちるだろうとのことだった。『昭和40年男』も3月11日発売号の売り上げは落ち込んだし、うちの会社の主力であるバイク雑誌も厳しい数字となった。書店での売り上げが落ちただけでなく、波に消えた本や営業不能になってしまった書店の本は、事実上消滅してしまったのだから仕方ない。だが、ゴールデンウィークを過ぎたころからは、ほぼ前年並みに回復した。書籍が売れているとの情報も入ってきていた。連日テレビから流れてくる津波の映像から逃げるように、名作をじっくり読む消費が生まれたと言われている。同じ理由で、子供用の玩具やコンテンツソフトも、相当売れたそうだ。

 

そもそも僕たちは紙をつくっているのではなく、コンテンツをつくっているのであり、それをアナログアウトプットに頼っているというだけのこと。現場はすべてデジタルで入力され作業を進めている。うちの現場でいえば、手書き原稿で入稿してくるライターはいないし、写真もフィルムでなく画像で入ってくる。とっくの昔に100%デジタル化しているのだ。デジタルを駆使した技術から得られる表現には限りなく可能性が広がっていて、アナログアウトプットにすがっているつもりはない。現状として紙の表現でも需要はあり、将来も言われているほどの減少は見せず(娯楽誌は)に推移するだろう。プラスしてデジタルアウトプットのインフラが整備されていく場面にある。販売の方も黒船にとらえられているがメスが入り始めている。ふんどしさえキッチリと締めていれば、我々出版サイドはなにも悲観することはないのだが、劇薬悲観癖に踊らされている気がしてならない。そうした論調を成立させるために、スマートフォンやネット販売を黒船呼ばわりして、紙や問屋と敵対させて利用しているが、問題の根源では決してない。こんなところは極々些細なものだ。

 

出版だけでなく、コンテンツをつくって生業としているところが現在かかえている大きな問題は、汗が足りないことだ(そこかっ!!)。才能やセンスはあるのにもう一歩いかないで、頭でっかちになっていること。効率と数字を重視し、ユーザーのためでなくステークホルダーのために動く社会になっていること。理屈なんかすっ飛ばして、もっと動けばいいのである。偉そうなことを書きなぐっているが、僕自身にも感じる場面はあり、そのたびにバカモノっと自分に激を飛ばす。考えて考えて考え抜いて、そして激しく動き、つくりに狂う。答えはシンプルで、本当にそうできる連中は必ず勝つ。それだけのことだ。

  1. コメントを募集しています。