【懐かしの名盤】RCサクセション『BLUE』(2/6)

ブログ特別不定期連載記事『懐かしの名盤ジャンジャカジャーン』だぞー。この連載は音楽と密接に生きてきた昭和40年男にとっての名盤を、僕の独断でセレクトしていこうというものだ。過去3枚は洋楽から選んできて、ついに4枚目は邦楽を出すことにした。Hey Hey清志郎、出番だぜーっ!! 僕らのRCサクセションから悩みに悩んで選んだ1枚は『BLUE』だ。僕が初めてRCに接触したのはテレビ番組のあやしく危ない映像だった、というわけで第2話じゃ。

寄り道話ばかりだが、中学でバンドを組みそのままのメンバーで高校に入っても続けていた。分厚い音でゴリゴリと押しまくるハードロックやヘヴィメタルが、極上の音楽だと思っていたころだ。そんな僕だったが、音楽雑誌ミュージックライフの影響で、ロッドやクイーンといった音楽を混ぜ込んで聴いていた。さらにラジオ番組『ダイヤトーンポップスベストテン』のおかげで、ポップミュージックにも理解があった。だがいつのころからかエアロスミスがフェイバリットバンドになり、となるとストーンズが当然のごとく割り込んできて、僕の中にあるランキングトップの座をあっけなく奪った。ここからだ、華美なもの、甘いもの、そして重厚な音が徐々に嫌いになっていってしまう。もっと後にはストーンズのルーツ音楽であるブルースにハマっていき、ひどい音楽ライフを過ごすことになるのだが、その過程で“ストーンズ的”な音楽を次々と求めていくようになる。これが高校に入った頃から本格的に始まっていた。そこにRCサクセションはピタッとハマったのである。邦楽は洋楽からみたらレベルが低いものと、ひどい解釈をしていた当時の大バカモノな僕に「愛し合ってるかーい」と、清志郎はゴリゴリと入り込んできた。

初めて目撃したのはまだ“ストーンズ的”音楽に本格的に傾倒する前で、前述したとおりテレビ番組からだった。強烈な印象を残していたRCであったが、深く掘り込む機会を失っていた。神様が次のチャンスを与えてくれたのは高1の冬だった。何気なくのぞき込んだ新聞のテレビ欄に、RCサクセションの文字を見つけたのだ。しばし前に感じた興奮を再び、と思って見た番組は『夜のヒットスタジオ』である。そこで今回イチオシとしたアルバム『ブルー』のオープニングナンバー『ロックンロール・ショー』を目撃した。ブラウン管の中は大騒ぎになっていた。お茶の間が似合わない奔放で枠にとらわれない彼らに、強い強い憧れを持った。榊原郁恵さんが完全に思考停止状態だったのと同じ状態で、再び衝撃を受けたこの夜にRCの虜になっていた。翌日学校できっとRCが好きだろうと思われるヤツをたずねたら案の定で、アルバムを持っていた。『ブルー』はまだ未購入とのことだったが『ラプソディ』と『プリーズ』を持っているとのことで、貸してもらった。ロックを聴き始めて3年を経て、やっと見つけた大好きな邦楽ロックで、当初は『よーこそ』での清志郎の「がったがったがががががっ」とか、『ぼくはタオル』などの難解な曲に戸惑いはあったものの、くさやの干物(食えないが)よろしく、聴けば聴くほどハマっていった。そして僕は初の邦楽LPを購入した。それが『ブルー』なのである。続く。

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