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中村あゆみさんのインタビュー。

2011 年 2 月 22 日 プロデューサー コメント

昨日のマリーンさんに続き、今日は中村あゆみさんのインタビュー取材だった。
…が、しかーし、残念ながら僕は行けなくて副編集長の小笠原が行った(泣)。
なぜ中村あゆみさんか? 『翼の折れたエンジェル』のヒットイヤーが、連載特集である
『夢、あふれていた俺たちの時代』で取り上げている昭和60年なんですよ。
当時のミュージックシーンの空気をうかがってきたということ。あの曲の、13歳で
出会った2人が18歳でため息覚えるまでの1年ごとを紡いだ言葉が好きだったなあ。
僕たちは20歳ごろ聴いていたんだね。へーって感じ。もうちょっと前だったような
気がするのだが、いやあ歳をとると曖昧になるものですなあ。現場から帰ってきた
小笠原に聞くと、「ものすごいさばけた自然体の人でしたね。当時の大ヒットのときは
もちろんですけど、その後、歌手として復帰するまでの浮き沈みもスゴイものでしたよ。
そしてそこから、いかにして這い上がって現在に至るのか、今なぜ、歌うのか。何を
伝えたいのか…。それを赤裸々に話してくれました」だってさ。やっぱり行きたかったよ(泣)。

 

さてさて、次号の制作がいよいよ佳境に入っている。取材自体は今日の中村あゆみさんと
あと一本を残すのみ(って、残ってんのかよ)。各編集員たちは、数多く抱え込んだ記事の
仕上げに入っていて、もう朝も夜も夜中もなく踏ん張っているのである。今回も少々進行が
悪かったが、よく持ち直してこられたのはチームとしてのまとまりが出来てきたからなのかな。
昨日、マリーンさんからもらった言葉で、夢へと信じてと進んでいけば必ずかなう、そして
必ずいい協力者が現れると。うんうん、その通りですな。『昭和40年男』では協力者以上の
共に踏ん張る戦友としたくて、積極的に強引に暑苦しくコミュニケートしてきた。雑誌という
商品が今の時代に必要なものとするために、我々がどんな努力をすればいいのか? 
苦しい時代だから何度も問いただした。はじき出した答えは、これまでと比にならないくらいの
“情熱”をパッケージする、ということ。編集長である僕は、スタッフたちに炭をガンガンとくべて
風を送り込むことが重要な業務となる。苦しい台所事情であるから、ガソリンは買えないので
ある(笑)。そもそも、持っている燃料をお借りしているような状況なのかもしれない。だから、
いつか大きく返せるように大成功を目指しているのだ。妥協でなくつき合えるチームへと
少しずつだがいいカタチになってきた。

 

なにも編集として参加するでなく、取材協力していただける方や情報を提供してくれる方など、
諸々が増えていき、その情熱がパッケージできればよりすばらしいプロダクトとしてリリースする
ことができ、やはり結果として支持に繋がるはずだ。ふっふっふ。『昭和40年男』はパッケージ
ビジネスなのだよ。時代と逆行ですって? いやいや、むしろ王道ですから。
♪信じた〜、この道を、私は〜、ゆ〜くだけ〜♪
ってか。ああ、〆切前のテンションが現れてしまいましたね。

 

   

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