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編集長のつぶやき

終戦の日。

昭和7年生まれの親父が生きていたら、今夜は戦争をテーマで盃を重ねただろう。と、平成7年の3月に逝っちまった親父のことを思い出す日でもある。もっと体験を聞いておけばよかったと、後悔するばかりである。空襲をどう乗り越えたのか

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心静かに平和を祈る。

周年の区切りには5や10といった、プレミア感がある年がある。今年迎えた55歳とか、去年迎えた『昭和40年男』の10周年とか、迎える周年の喜びは変わらねど少しばかりふんどしの締め具合が変わる。55歳を迎えて還暦までの5年を

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毎年恒例の終戦記念日。

今年も年に一度の定点観測取材に出かけてきた。終戦記念日の正午は靖国神社で迎えることにしていて、もう随分と長いこと欠かしていない。取材としたのは、ここに訪れる人たちの年齢層や表情、街に起こっている喧騒などから、現在における

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靖国神社参拝。

今年も靖国神社に行って手を合わせてきた。と、この書き出しにアレルギーを示す方もいるだろうが、僕の意識としてはごく自然な行動だと考えている。僕が命を授かって生まれてくるたった20年前まで、戦争は続いていた。国のために戦い散

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戦争を知らない俺たち。

72回目の今日を迎えた。昭和40年に生まれた俺たちは、戦争どころかその後の戦後社会の変化もリアルには知らない。いつから意識したかもそれぞれバラバラだが、戦後論争が比較的落ち着いてから自我が芽生えた世代だ。ガキの頃、社会科

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8月15日の行動。

もう何年になるだろうか、終戦の日は靖国神社に出かけるようにしている。この行動をかつて「北村さんてそういう人なんだ」と言われたことがあるが、“そういう”特別な行動だと僕はまったく思っていない。北村家に生まれた自分が、ご先祖

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戦後70年、50歳の俺たち。

毎年恒例にしている終戦記念日の靖国参拝が、今日はどうしても行けそうにないので先日一足先に出かけてきた。30分から1時間近く待つこともある15日とは違って、ほとんど待つことなく参拝できた。終戦記念日の靖国に漂うピリピリとし

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靖国神社参拝。

8月15日は靖国神社に出かけることにしている。英霊たちへの感謝の気持ちと、今ある平和な日々が未来へと続いていくようにと願いを込めて手を合わせるのだ。靖国神社参拝というと、右寄りだと嫌悪感を示す方もいるだろうが、僕は日本人

靖国神社
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靖国神社参拝。

終戦の日は、靖国神社へ参拝に極力出かけるようにしている。何年前から行き始めたのか記憶が定かでないのが残念だが、20年近く経つ。 僕は、日本中がひざまづいた正午をこの地で迎えることに、とくに意義を感じていて、少ないながらも

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8月15日に想うこと。

終戦の日を迎えた。自分が過ごしている現在に対して感謝の気持ちを込めて手を合わせ、平和な時代に生きているからこその努力を多くの魂に誓う。もう何年も変わらない心でこの日を過ごす。 いつも後悔するのは、昭和7年生まれの親父の体

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終戦の日。

67年前の月日が流れ今年もこの日を迎えた。僕は、この国のために命を落とした英霊たちにしばし心を預け、平和への祈りを捧げる時間をつくるようにしている。 昭和40年男が生まれるたった20年前のことだ。47歳を迎えた我々にとっ

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終戦の日。

遠い夏の今日、8月15日正午に天皇陛下からのお言葉が傷ついた国民に届けられた。我々が生まれる20年前のことだから、66年が過ぎたことになる。まったく機能していない政府のおかげで、隣国たちとの騒ぎが少ないのは幸いなことだと