編集長のつぶやき

福が来る来る、イベントじゃ!!

小学6年生の時に、集会委員になって朝礼の仕切りをマイクを通じてやった。思えばこれが、マイクとの付き合いのスタートだったかもしれない。目立ちたがりだったから、顔の見えない放送委員より圧倒的に集会だった。続いて中学生になると

S40ニュース!

ライブとテクノロジーがもたらした音楽の大変革とは? 大阪万博〜コロナ後までじっくり考察。

1970年の大阪万博をきっかけに、音響テクノロジーで、来日ミュージシャンのライブを支えた日比野氏。日本の音楽を海外へ伝えるべく力を注いだ内田裕也氏。良質な音を広めたFM局のスタッフたち。1980年代に自分たちの音楽性を確信し、ライブで表現したインディーズの面々。1999年に膨大な量の音楽をアーカイブとして楽しめることを気づかせてくれたインターネット。2007年にファンがアーティストに求めるものに反応したマドンナ、プリンス、レディオヘッド。そして2021年に期待する、まだ知られぬスゴい音楽を見出すキュレーターの出現。1970年から2021年まで、この50年間で、音楽大変革のきっかけとなった7つの現象をふり返って考察していこう。

編集長のつぶやき

自殺の無念。

17年前の今日のことだ。17歳の頃よりもつれるように生きた相棒が首を吊った。僕はもう30年近く毎週月曜に浅草で流しをしていて、この日はそうだったから傷心のまま店で歌った。夕方に職場で知り、呆然となりながらも仕事とその後の

編集長のつぶやき

ふたつ目の誕生日。

今日僕は40歳になった。な~に言ってんだかと叱られそうだが、このつぶやきに付き合ってくださる方には恐縮ながらそんなバカ話をしてもよかろう。なんてったってこのコーナーは僕のつぶやきなのだから(笑)。それにね、断言できる。こ

編集長のつぶやき

俺が殺した。

15年前になるが、全く癒えない傷がある。相棒の自殺だ。大切な者を自殺で失った経験がある方なら今日のタイトルをご理解いただけると思う。自ら命を絶つなんてそんな選択をさせない努力がきっとできたはずだと思えば思うほど、こう考え

No Picture
編集長のつぶやき

飲み込めない友の死。

つい先日、高2から10年以上に渡ってもつれるように生きた友の14回目の命日を迎え、旅先の居酒屋で献杯した。52年とちょっと生きてきたのだから、皆さんも悲しい死を多く経験していることだろう。両親健在というのも珍しい歳になっ

編集長のつぶやき

『気分はグルービー』はタメ年漫画!!

「浅草秘密基地」の常連さんが、重い布袋を差し出して僕に貸してくれるという。どれどれと中を見るとなんとうれしいことに、かつてチャンピオンで連載していたバンド漫画の傑作『気分はグルービー』全巻である。 単行本1巻の発行を見る

No Picture
編集長のつぶやき

「死」について考える。

昭和40年男だったらいくつかの悲しい死に直面してきたことだろう。気が狂うほどの悲しみを味わった方も多いだろう。今回の特集を眺めていると自分の悲しみをついつい思い出してしまう。 細々とだが音楽活動をあきらめない、しつこい僕

編集長のつぶやき

昭和の化石の大きな後悔。

先日久しぶりに実家に帰り、本棚から取り出したのがこの1冊だ。大切にしていた石野真子ちゃんや桂木文ちゃんがグラビアで踊る『GORO』や、貴重なカセットテープはお袋によって葬られ、書籍や『ミュージックライフ』などの音楽系の雑

編集長のつぶやき

12年前に首を吊った相棒。

高2の時にヤツと僕はコンビになった。バンドで食うことを夢見ていた僕のポジションが、ギタリストからヴォーカリストへと変わり始め、うまいギター弾きが欲しくなりヤツを口説いた。高3からは同じ居酒屋でバイトをするようになり、その

編集長のつぶやき

50代2人と20代2人でバンド結成。

久しぶりにこの相棒と暴れる日が近づいてきた。去年よりバンドのメンバーを探し続けて、もっとも簡単に見つかりそうなギタリストとなかなか出会えなかった。顔の広いライターさんと呑んでいるときにそんな話をしたら、後日紹介してくれて