松尾 “KC” 潔が眺めていた日本のR&Bの夜明け

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■アメリカのままでは日本で受け入れられない

97年のシングル年間売上ランキング1位は安室奈美恵の「CAN YOU CELEBRATE ?」。以下、2位にKinKi Kids「硝子の少年」、3位にル・クプル「ひだまりの詩」と続く。そこだけ見ると確かにR&Bのムーブメントはまだ訪れていなさそうだが、この年のチャートにはすでに、翌年から本格的に巻き起こるR&B旋風の “兆し” が見える。そのことを最も顕著に示しているのが、SPEEDの「STEADY」(リリースは96年11月)。実はこの曲の制作には、松尾も深く関わっていた。

安室奈美恵、MAXなどを輩出した芸能養成スクール「沖縄アクターズスクール」の生徒だった島袋寛子、今井絵理子、上原多香子、新垣仁絵によって結成されたダンス&ボーカルグループ、SPEED。音楽系バラエティ番組『THE夜もヒッパレ』(日本テレビ系) への出演で注目を集め、番組内でグループ名を公募。96年にシングル「BODY & SOUL」でCDデビューという、いかにも芸能的なプロセスで世に出た彼女たちだが、その圧倒的なボーカル、ダンスのクオリティはその他のアイドルグループとは完全に一線を画していた。レーベル、事務所サイドにも「本格的なアーティストとして売り出したい」という狙いがあり、松尾氏は「他のアイドルとは違う、アーティストとしての色づけをしてほしい」という依頼を受け、制作チームに加わったという。ロールモデルとなったのは、TLC。アルバム『CrazySexyCool』(94年) の大ヒットにより、世界的な人気を得ていたアメリカの女性R&Bグループだ。

▲TLC『CrazySexyCool』(’94) / デビュー時の元気いっぱいなイメージからクールに変身した2ndアルバム。SPEEDの4人も全員フェイバリットに挙げていた

 
「要は “TLCって、どうやってるんですか? 事情にお詳しいんでしょう?” ということですね (笑)。実際、彼女たちのプロダクションについては、よく知っていたんですよ。TLCは、当時ヒットを連発していたプロデュースチーム、LA&ベイビーフェイスが設立した『ラフェイス』というレーベルからデビューしたのですが、その頃は本社があるアトランタにもよく行っていたし、プロデューサーのLAリードやベイビーフェイスにも何度も会っていたので。SPEEDの制作チームから “2ndシングルの制作のために、ぜひTLCの人脈を紹介してほしい” と依頼されたというのが、ことの経緯です」

松尾が推薦したのは、TLCのヒット曲「Waterfalls」の音づくりを担ったプロデュースチーム「オーガナイズド・ノイズ」のエンジニアだったニール・ポーグ。「STEADY」はニールの手によりミックスが施され、90年代後半における最新鋭のR&Bサウンドに仕上がった。松尾も「デビュー曲の『BODY & SOUL』に比べるとR&Bに寄ったトラックになった」と手応えを感じていたというが、結局、このテイクはお蔵入りになり、シングルとして発売されることはなかった。その理由は、事務所のトップによる “黒すぎる (ブラックミュージック色が強すぎる)。もうちょっと歌を聴かせたほうがいい” という判断だったとか。

▲SPEED「STEADY」(’96) / お蔵入りとなっていた「Atlanta Mix」は2000年発売のベストアルバム『SPEED THE MEMORIAL BEST 1335days Dear Friends 1』に収録された

 
「『STEADY』は東京でミックスをやり直してリリースされたのですが、ご存じのように150万枚の大ヒットとなりました。大御所エンジニアの内沼映二さんのミックスもすばらしかったし、アトランタでのミックスだったらもっと売れたはず、とは思いませんでしたね。自動車と同じで、アメリカで流行っているものをそのまま持ってきても、日本では受け入れられない。日本の音楽マーケットの現実を見据えて、橋渡しすることが自分の役割なのかなと感じました」

松尾氏が明かした「STEADY」の制作エピソードは、97年という年が日本のR&B黎明期であり、大きな分岐点だったことを如実に示している。しかしSPEEDはその後もTLCへの憧れを抱き続け、ボーカル、ダンスパフォーマンス、MVなどを通して、ブラックミュージックのテイストを表現し続けてきた。彼女たちの爆発的なブレイクは結果的に、R&Bがお茶の間に浸透する大きなきっかけになったと言っていいだろう。

「彼女たちは見よう見まねでTLCを参考にしていましたが、とてもサマになっていたし、当時の小学生、中学生に対する影響はとても大きかったと思います。象徴的なのは、仁絵ちゃんのダンス。SPEEDのビデオをTLCのスタッフに見せたことがあるんですが、“この子だけ動きが違う。アフリカンルーツなのか?” と言ってましたから。SPEEDを通してブラックミュージックのカルチャーがお茶の間に伝播したのは間違いないし、これこそがポップミュージックのすばらしさだなと実感しましたね。メンバーといっしょに新宿にあったリキッドルームでアッシャーのライブを観たのも、いい思い出です」
 

 
■1997年のSPEED

デビュー2年目となった1997年は、「Go! Go! Heaven」が初のオリコンチャート1位、1stアルバム『Starting Over』が1位、「White Love」がダブルミリオン達成と大飛躍の一年。『NHK紅白歌合戦』にも初出場を果たした。

▲1stアルバム『Starting Over』
▲3rdシングル「Go! Go! Heaven」
▲4thシングル「Wake Me UP!」
▲5thシングル「White Love」

 
(次ページへ続く → ■日本で作られるR&Bの独自性 [3/3] )

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