『昭和45年女・1970年女』の爆発なるか!?

2009年から始まった『昭和40年男』は、こうなると “昭和系” と呼ぶ展開だと言える。創刊直後からず~っと頭の中でうごめいていた他の年齢版を何年で打とうかというのにさんざん悩み続けた。昭和50年をターゲットにしつつ、ちょっとひねくれて昭和49年 (まさかのパクリ版が出たが・笑) とさんざん悩んだ末、ここは兄弟誌としてストレートに『昭和50年男』としてリリースさせた。10周年という錦の旗 (!?) を立て、スタッフたちに苦労と努力を強いた結果、『昭和40年男』の時と比べると市場の受け入れは格段に早く、3号目にして独立創刊を果たした。

 

“独立創刊” に???と感じた方は多かろうから、脱線ゲームとなるが説明しよう。『昭和50年男』の1・2号はうちの会社で出しているバイク雑誌の増刊号としてデビューした。大手の出版社でない限り、いきなり新しいブランドを流通に登録して堂々と創刊とは名乗れないのだ。昨日の朝、日本中に衝撃を与えた表紙のどこにも “創刊” の文字がないのはそういうことだ。今回も『昭和50年男増刊』というのが流通上の正式名称であり、早期の独立創刊を目指したい。まるで、妖怪人間ベムの「早く人間になりた〜い」である。

 

話を戻す。とは言え、自分たちにとっては紛れもなく創刊号であり、メチャメチャ難産だった。バイク雑誌を含むとこれまで10誌以上の創刊でタクトを振ってきた。その中に安産なんて一つもなく、大げさに聞こえるかもしれないが、命を削っている感覚を味わえるほどの問題や悩みの波状攻撃を受けるのである。

 

31日より “昭和トリオ” になるわけだが、この3冊をとってもそれぞれに苦労がどっちゃりである。ファーストアタックとなった『昭和40年男』は類似誌のない中で、しかも一般男性誌の経験のない編集部にとっては五里霧中の日々を味わいながらの創刊だった。続いて一昨年の『昭和50年男』は10歳の違いにめまいがするほどの日々だった。代表的なところでは、ファミコンの経験の差異は大きすぎた。

 

そして今回はなんてったって対象が “女” である。なんでこんなにも大きな壁として立ちはだかるのだろうとは、これまでの人生においてイヤってほど経験してきたことだ。が、本にしてまとめるというのは「所詮分かり合えるはずがない」と放り投げてはならず、理解への努力が必要になる。無茶苦茶に高い壁だったわけだが、なんとか形になったとは思っている。

 

本を打ち込むときに、全体論はいらない。どんな人に読んでもらうのかをグルーピングする作業が極めて大切なのだ。昭和シリーズはタイトルの周辺世代に絞り込んでいるように見えるがそんな甘いものではなく、もう一段階深い絞り込みが必要なのだ。そうやって絞り込んだ層から熱狂的な支持を得ることを、僕は常に目指して本を固めていく。それをここで明かすことはしないが、トリオそれぞれに読者モデルを立ててそいつに話しかけながら作業するのだ。そうやってブレを抑え込んでまとめる。

 

ただひとつ、トリオに共通した絶対的なテーマもある。“明日への元気と夢を満載!” だ。読んでいただき元気になれる。夢を見る勇気を得る。表紙に明記するのは『昭和40年男』だけだが、これは筋をピシッと通して突き進む。どうぞ明後日の書店で、ご確認いただきたい。兄弟で育った僕にとってはかわいいかわいい妹の誕生で、誰にも触れさせないぞ… じゃ、ダメじゃん!! ふれてふれて、そして買って買って(笑)。
 

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