キャンディーズ ファイナル・カーニバル 〜大編集後記。

最新号はご購入いただけただろうか? まだの方は興味を持っていただき買ってほしいなあ〜という願いと、購入いただいた方々には記事に対する僕の気持ちとの差異を楽しんでほしいなあ〜とお送りするのがこのつぶやき、大編集後記だ。今日も元気に行くぜっ。

 

そりゃあ行きたかったさあ。でも、まだ中学生になる前夜の78年4月4日だ。タメ年で行った者は極々少数ではなかろうか。くどいようだが今回の特集は、数々の昭和イベントの体験談集だ。そして雑誌の特性上、昭和40年生まれの男が好ましく、近い周辺世代にも枠は広げている。また、特別枠とでも言おうか、東京オリンピックや大阪万博のようにスペシャリストの登場なんてコーナーもある。であれば、キャンディーズの解散コンサートの体験者となるとスペシャリストだろうなと思いきや、ぬぁんとタメ年男の『昭和40年男』では大活躍の鈴木啓之の名前が、文・資料提供とクレジットされているじゃないか。クーッ、うらやましい。早生まれで学年ではひとつ上ながら、昭和40年男である。クーッ。

 

つくづく、当時のアイドルって歌がうまい。下手を売りにしていた歌手もごく一部いたが、ほんの一握りもできないほどだった。プロとしてのクオリティを持った者が、ブラウン管への参加資格をゲットするのである。赤信号みんなで渡れば怖くないとでも言いたげなグループが横行している現在は、ずいぶんレベルが下がったなと思わされる。しかもテレビに出て生で歌わない歌手たちって、一体存在意義はなんなのだろうって首をひねるが、そんなことはおっさんの遠吠えでしかない昨今だ。一方で、一部ではものすごくレベルが上がっていることはうれしい。両極端な時代なのは、世の中全般の現象なのだろうか。

 

お笑いを率先してやることも、僕がキャンディーズに感情移入させられたポイントだ。そう、小学生の頃の僕はコメディアンになることが夢だったから、アイドルとしてだけでなく目指す世界の先輩ととらえたからだろう(笑)。ドリフの面々や「人の迷惑かえりみず、やってきました電線軍団」と堂々と渡り合う3人が大好きだったのだ。

 

77年の7月に解散宣言されて、その後の最終章になったシングル3曲がチャートを駆け上がるのを真剣に応援してたっけ。『ザ・ベストテン』が始まったのが78年の1月だから、この番組のチャート上昇に一番力を込めていた。って、ブラウン管越しの声援だけだったけど。まだ洋楽に目覚める前夜だったからなおさらだな。そんな僕に、この2ページのコンサートレポートは泣けた泣けた。きっとあなたにも突き刺さるはずだ!!

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