筒美京平さん、ありがとう。

一昨日朝の情報バラエティ番組から、筒美京平さんの名曲の数々が流れていた。また1人、昭和文化を豊かに築いてくださった方が旅立ってしまった。テレビから流れてきたのはいしだあゆみさんの「ブルー・ライト・ヨコハマ」、尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」、ジュディ・オングさんの「魅せられて」、近藤真彦さんの「スニーカーぶる〜す」だった。訃報を聞き、改めてその功績に触れることになってしまうのはなんとも悲しい行為ではあるが、こうして僕ら後輩たちが偲ぶことがきっと天へと届くはずだ。みなさんと一緒に感謝の気持ちを共有したくつぶやかせていただく。

 

一昨日見た曲以外にも、偉大な作詞家たちと次々と昭和のシーンを描いてきた。彼の曲だけで紅白を何度プログラムできるだろう。そんな彼について、『昭和40年男』に関わりの深い男たちも追悼の意を発しているので、ここに引用させていただく。『昭和40年男』で活躍するタメ年ライターで、『ヒットソングを創った男たち 歌謡曲黄金時代の仕掛け人』など、昭和歌謡に関する多くの本を執筆してきた濱口は以下のようにつぶやいた。
 

筒美京平先生の訃報に大きな喪失感を味わっています。なにせ初めて好きになった歌謡曲が3歳の時に耳にした「ブルー・ライト・ヨコハマ」(68年)。以来、浴びるようにあまたの筒美作品を聴いて育ったわけですから。ちなみに以下はデータから見た偉業の一部。
・オリコンシングルチャートで39作が1位を獲得
・60年代から00年代まで、5つのディケイドでオリコン1位を獲得
・TOP10入り作品数は歴代1位の206曲
・作曲家部門で年間売上1位を10回獲得
・シングル累計セールスは歴代1位の約7,600万枚
残念ながら一度もお話を伺う機会は得られませんでしたが、2018年に私のラジオ番組で “筒美京平特集” を組んだ際、先生の弟で音楽プロデューサーの渡辺忠孝さんをゲストにお迎えし、貴重なエピソードをお聞かせいただいたことは何より嬉しい経験でした。偉大な作曲家に感謝を捧げるとともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

『昭和40年男』と共に歩もうと提携関係を結んだ歌謡曲バー「スポットライト」の代表、安東は昨日深夜にこのように発した。
 

今晩、何度となく聞かれた事。「ところであなたは京平作品で何が一番好きなの?」迷わずこの一曲を上げる。https://youtu.be/AFZKkVLa0kE
そう、まだ「ヤング向け歌謡曲」が「童謡」と近しい存在だった時代の一曲。僕にとっては幼稚園児が聞いた最大級オトナソングだった。「また逢う日まで」の別れの場面は分からなかったけれど、この別れの場面は「悲しい」と思えた4歳の原点記憶。もちろん当時は歌っている人も作っている人も知らない。この歌を聞いた「キューン」だけが残っていて、正体を知ったのはスポットライト開業前の棚卸しでレコードを聴きまくっていた38歳の時だ。いくつになっても。何回聴いても。胸がキューンとなるのです。歌謡曲の力を知った瞬間でもありました、でも、この1枚はスポットライトには置いてません。僕の個人的な。とっても大事な1曲ですから。2番目に好きな「ひとり歩き」は置いてます。

 

さすがに2人とも歌謡曲のスペシャリストだけある。それにしても両名とも幼児の記憶ってどんだけ天才なんだろう。お付き合いしていてよかった。で、凡人の僕にとっての1曲をつぶやかせていただくと、「海を抱きしめて」だ。我々世代には説明不要だろうが、中村雅俊さんがソーリを演じた『ゆうひが丘の総理大臣』のエンディングテーマだ。悩み多き10代のガキが、このエンディングテーマにどれだけ揺れ、そして励まされただろう。

 

以前、年下シンガーの河口恭吾さんが昭和の名曲の数々をカバーしたアルバム『昭和40年男たちのメロディー』関わらせていただいた。その際僕はこの曲をリクエストした。それを受けてプロデューサーで多くの名曲を生み出した作曲家でもある川原伸司さんが、筒美京平さんの曲はさすがだというニュアンスの言葉をおっしゃったのが印象的だった。

 

手前味噌な話、僕自身も去年弾き語りでカバーしてみて改めて深く感じさせられたのは、丁寧な仕事ぶりだった。これを職業作家というのだなと深く学ばせてもらった。わかりやすく解説すると、コードとコードの間に結びつかせるための経過コードを実に巧みにつっこっんであったり、同じ機能をさせるコードをメジャーとマイナーで使い分けたりと細かな手の入り方がすごい。わずかな小節で、プチ転調とも言える部分を作ったりするのもやはり超絶な技だ。

 

一昨日の夜は、たった1人のお客さんに向けてこの曲を歌った。中村雅俊さんが聴いたらお怒りになるのではないかというほど自分の曲にできたのは、やはりそのメロディが完璧だからだ。と、僕なりの追悼をしながら改めて氏に想いを送った夜だった。俺たち世代にとっては育ての親とも言える存在だから、この言葉しか思いつかない。
「ありがとうございました」

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