1990年はどんな年?

わけは後述するが、25歳になったばかりの頃に想いを馳せている。平成2年なんで『昭和40年男』が誇る昭和の1年を切り取る特集の『夢、あふれていた俺たちの時代』では取り上げていない年だ。この特集は創刊2号からスタートした長寿企画で、ギリギリ記憶があるだろう昭和46年から昭和のアンカー63年を行ったり来たりしていて現在4周目だ。平成元年は改元を記念して1度だけ取り上げ、昭和45年は2020年突入を記念して、1970年として取り上げた。1990年も眺めてみれば、いつぞや取り上げてみたい転換期である。

 

マイク・タイソンが東京ドームで負けたとか、鈴木亜久里が日本グランプリで表彰台に乗ったとか印象的な出来事が多く見つかった。出版人としては『東京ウォーカー』の創刊なんてのが感慨深い。つい先日休刊になったから、ちょうど30年の節目だったのだ。そして今日のビジュアルは、この年のナンバーワンセールスとなった名曲で、テレビアニメは1月から放送が始まった。こちらは今日も元気に放送される。ちなみに同じく『ちびまる子ちゃん』の曲で『ゆめいっぱい』も大好きだ。最近は世相が暗いせいかカラオケで歌っていたりする(笑)。前年の大納会で38,915円だった株価が暴落を始めた年で、日本が坂から転げ落ち始めた年ということだ。これらが30年前なのかと、平成もずいぶん昔になってきた。

 

で、本題のなんで1990年、平成2年へとタイムスリップしているかだ。1つは一昨日まで『昭和50年男』の作業に追われていたから。今回もすげー本になったからご注目あれ。詳しいご紹介は発売日が近づいてから改めてにさせていただくが、乞うご期待!! いやいや、これはちょっとしたPRで、真の理由は今日僕の愛する店が30歳の誕生日を迎えたからだ。本来であれば今日は来週に迫った『昭和40年男 総集編』の締め切り作業から抜け出して、30周年祝いの大パーティの予定だった。が、憎っくきコロナのせいで延期という選択になってしまった、とほほ。

 

コロナ騒動で秘密基地開催ができなくなった少し以前の今年の節分。29年の付き合いになるおバカなおっさん2人

改めてエッヘン、『浅草秘密基地』の舞台となっている浅草のショットバー『FIGARO』が、今日30歳の誕生日を迎えた。おーっ、パチパチ。記念パーティは5年の節目ごとに開催していて、15周年からだと記憶しているが僕はホスト役を務めている5年に1度の楽しみな宴である。オープンして半年くらいでこの店を知り、以来ずっと通い続けている。毎週月曜日にここに行くようになったのは、実は秘密基地からでない。僕が毎週月曜日に行くようになったのは1991年からで、“流し”をやらせてもらえるからだ。月曜は店が暇だから客寄せパンダになれば(なれていないが)とのマスターと、お客さんの前で歌う機会を少しでも多く得たい僕の思いが合致して通うことになった。休みがちだった頃もあるものの、1,000回前後を数えていることになるのだから年月の積み上げはすごい。もちろんマスターだってすごいことになっている。週に6回の営業だとして年に52週で30年ということは、10,000近く営業しているのだ。お疲れ様です。

 

浅草のお世辞にもいい場所といえない店を30年継続してきたことは驚異的だ。しかも、近年若者離れが著しいバーという形態である。これはマスターのお人柄によるものに他ならず、笑顔につられてみんなここにパラダイスを求める。70歳が近いってのに、出会った頃の30代後半のガハハは今も変わらない。僕も当時は20代だったのだ。お互い歳をとったね、でもこれからもガハハでいきましょうね。そしておめでとうございます。締め切りの現場よりメッセージさせていただくと同時に、僕もマスターを見習っていつまでも現役で仕事するよう努力しま〜す。

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