心静かに平和を祈る。

周年の区切りには5や10といった、プレミア感がある年がある。今年迎えた55歳とか、去年迎えた『昭和40年男』の10周年とか、迎える周年の喜びは変わらねど少しばかりふんどしの締め具合が変わる。55歳を迎えて還暦までの5年を衰えなしで生きようと、無茶な目標を立てた。10周年の年にかこつけて『昭和50年男』を創刊させたりと、祭り男ゆえかもしれないが悪いことではなかろう。さらに10の次に大きい単位が、四半世紀の25年だ。夫婦で言えば銀婚であり、次は金婚でさらに75年はプラチナだそうだ。

 

少々まどろっこしい前振りになった、今日我が国は終戦から75年を刻んだ。その20年後、戦後から完全脱却を果たしつつあった日本に俺たちは生まれた。俺たち世代の戦争観といえば、教師はその教育をほぼ放棄していて、社会科の授業では教科書の後半を教えないという珍事がまかり通っていた。蓋をしていたのだ。戦争を知らない子供たちをどんどん戦争から遠ざけるのが当時の教育だった。

 

となると、親の戦争体験が大きい。僕は親父が33歳の時の子供で、周囲に比べると遅い方の父親だった。その戦争観はかなり偏っていて、僕は日の丸が大好きな青年となり今に至る(笑)。様々な思想があり、それは宇宙規模であり、永遠に語り合えるネタである。正解なんかないし間違いもない。ただひとつ言えるのは、誰も彼もが平和を祈るべきであること。これだけは絶対的な正解であり、大きな戦争を経験した世界にとって二度と犯してはならない過ちだ。が、今、米中を中心にして過ちへと歩を進めている小国もある気がしてならない。世界から戦争が途切れることもまったく見えない。平和から少しずつ遠ざかっていると言わざるを得ない今日、終戦の日はプラチナを迎えた。

 

8月15日は毎年、自分の戦争観を熟成したいのと、訪れる方々の層の変化を定点観測したく、もうずいぶん長いこと靖国神社に行き手を合わせている。行列の大嫌いな僕が長時間にわたって列に加わり、心静かに自分と向き合い、平和や社会貢献に対する自分の力不足や不甲斐なさを反省する日だ。が、今日は残念ながら自粛する。冒頭につながる、特別感がある75年の節目に行けないのは憎っくきコロナのせいだ。行かなければならない年配者に比べたら、僕が赴くのは極めて自分自身の心の拠り所であるから、そんな年配者へもしも僕がコロナを運んでしまったら、それこそ靖国に眠る英霊たちに叱られてしまう。少しだけ間を置いて、月内に出かけることにしよう。だが、心はかの地へと飛び深く手を合わせ、平和貢献を誓う。

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