古いアルバムの中から。

ゴールデンウィーク進行でバタバタしている中で、特集に急遽2ページ追加しようと持ち上がり、タイトルどおりの行動に出た。まだ企画は明かさないが、編集部員の古い写真を集結させた見開きページを作っている。乞うご期待だ。お目当の写真が無事に見つかり、でもそうやってひっくり返すとあーでもないこーでもないと見てしまうものですな。で、見つけた僕のアイドル時代の写真を公開だ。ジャーン。

うそっ、こんな汚いアイドルはいません。でもかっちょいいから大きく表示しちゃったよ(笑)。ギタリストの使用ギターから記憶を手繰り寄せると、大阪の極貧ブルース生活を終えて、東京に活動を戻した直後の20~21歳の頃だろう。いよいよメジャーへと駆け上がろうと夢に向かって一直線の僕だった。そしてもう一枚、ドーン。

 

写真の相棒は高2で加入してきて、以来もつれるようにして生き、そして必死になって音楽を作った。中学で組んだバンドはメンバーチェンジを繰り返していき、この写真の時点で6人のオリジナルメンバーはベーシストと僕の2人になっていて、彼もこの後バンドを去った。それでもしつこい巳年は諦めず、メンバーチェンジを繰り返しながらやっと夢が叶う第一歩となるメジャーレーベルでのレコーディングが始まったら、なんとこの相棒がバックレやがった。それからしばらく音信不通になってしまい、レーベルへとつなげたメンバーの顔がつぶされたという結果だけが残った。そして僕は僕で、新しい相棒を探してやっていく気持ちにはなれなかった。滅多に物事を諦めない僕なのだが、ヤツと傾けた情熱をもう1度繰り返すのは無理だと、この時はそう思ってしまったのだ。

 

この事件からしばらくして、やっと連絡が取れるようになり何度か呑んだ。が、この時のなぜバックレたかは「いつか話す」とだけ繰り返すばかりで、とうとう真相は闇の中に葬られてしまった。ヤツはやがて首を吊った。

 

15年以上が過ぎた今も、その死は悔しくてならない。まったく消化はできていないが、写真を見つけてあの日にまるで戻れた気がした。そして僕の中で鮮やかに生き続けていることを再確認できた。こうして1本のマイクで歌った時のヤツから伝わってくる熱は、腕の中に残っているかのように鮮明だ。古いアルバムの中からあの日の熱に元気をもらった今日だ。

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