診断に怯える54歳と傘寿のお袋!!

自分自身にはまったく想像ができないところに、お袋が届いた。先日、見事に傘寿を迎えたのである。温泉旅行にでも連れ出して親孝行してやりたいが、せいぜい宴を開催するのが精一杯である。まあ、盛大に祝ってガハハと笑うつもりだ。

 

お袋が25歳の時の子だった。弟とともによく食うからさぞ苦労しただろう。長屋で電気屋を営む、酒好きでど近眼で出っ歯の親父(なんだか自分のこと書いてるみたいだ)は、大した稼ぎがなかったからずっと長屋住まいのままだった。2年前まで住んでいたのだが、大家さんから出て行けと言われてしまい、このタイミングで長年勤めた深夜の仕事を辞めた。鉄人である。長年のひとりがすっかりお気に入りのようで同居は断られ、せめて我が家のそばにと嫁いできて半世紀以上住んだ荒川区から出た。今は徒歩15分くらいのところにアパートを借りて住んでいる。地域にもうまく溶け込んで、友達がたくさんできてホッとしているところだ。

 

70歳まで働くことは心に誓ったが、では果たしてそこまで生きられるのかが大問題だ。ちなみに酒好きでど近眼で出っ歯(うるさいっ)な親父は、63歳で逝っちまった。原因は酒だ。親父が7歳の時に亡くなったというじいちゃんも、少なからず酒が絡んでいるらしい。僕が酒で逝っちまったら3代続いてしまうから避けたいし、若くして逝くのも僕で断ち切らないといかん。わかっている。が、わかっちゃいるけどやめられないときたもんだ、ホイ。ただ、お袋の鉄人は確実に僕に入っている。そもそも親父は体が丈夫でなかった。血圧の薬も僕が小学生の頃から飲んでいたし、胃腸も弱かったし食も細くてガリガリに痩せていた。カラダについてはお袋の血を強く引いたようだ。

 

ともかくひとつの目標として、還暦上等は貫こうと思う。前を向いて何事にも現役で取り組み、走れて歌えて夢を描き続けて、派手なシャツを着る。これはイメージできているつもりだ。と、強気の発言をしつつ、やがてくる健康診断に怯えている今日だ。決戦は3月!!

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